PBR・PER業種別倍率——3指標で立体化する「業種別の相場」(後編)

中小M&Aの「相場倍率」は、業種ごとのQ1〜Q3レンジとして存在する——前編で立てたこの結論を、本記事は3指標に拡張する。

EV/EBITDA倍率は、黒字企業の営業キャッシュ生成力を分母に置く指標である。それでは、赤字の年があった企業はどうか。資産を多く保有し、利益は薄いが安定している企業はどうか。中小M&Aの実務では、これらの企業も日常的に評価対象になる。

中小企業庁が公開している3指標——EV/EBITDA・PER・PBR——は、それぞれ異なる「分母」を持つ。3つを並べて読むことで、業種ごとの評価軸が初めて立体化する。本記事は、後編として3指標の役割分担と、業種別Q1〜Q3レンジの重ね方を整理する。

この記事の要点

  • EV/EBITDA・PER・PBRの3指標は「営業キャッシュ生成力/株主利益/資産」と分母が異なり、業種・財務構造ごとに適する起点指標が変わる
  • 中企庁2024年度のサンプル数は EV/EBITDA n=1,987/PER n=2,191/PBR n=2,830 と差があり、必要項目が少ない指標ほどカバレッジが広い構造になっている
  • 同じ業種でも指標により位置が変わる(例:医療・福祉は EV/EBITDA中位、PER最下位水準、PBR中位)。1指標だけ見ると業種を見誤る
  • 業種別倍率バンドは3指標を重ねると3つの「形」に類型化できる:全指標高(不動産・情報通信)/指標分裂(医療・福祉)/全指標低(製造・建設)
  • 業種別の「相場」は単一指標の中央値ではなく、3指標Q1〜Q3レンジの重ね合わせたバンドとして把握される
EV/EBITDA・PER・PBRの分母・適用範囲・サンプル数の比較
図1:3指標の役割分担——分母・適用範囲・サンプル数の対比

1. 3指標は何を測っているのか

1.1 EV/EBITDA・PER・PBRの分母の違い

3指標を並べると、何を測っているかが対比で見える。

指標 分母 適用範囲
EV/EBITDA 営業キャッシュ生成力(営業利益+減価償却費) 黒字企業
PER 株主帰属の純利益 黒字企業
PBR 純資産(簿価ベース) 赤字企業を含む

EV/EBITDAは事業の現金創出力を、PERは株主に帰属する利益を、PBRは資産バッキングを測る。3指標は重なるが同じではない。

1.2 中企庁ツールが3指標を併用する理由

中企庁の株式価値簡易計算ツールは、この3つを利用者に同時に提示する設計をとっている1。1指標ではなく3指標を並べる理由は、業種・財務構造によって適する指標が異なるためである。

利益が安定している業種ではPERが機能する。資産依存度が高い業種ではPBRが機能する。営業キャッシュ生成力が事業価値の本体である業種では EV/EBITDA が機能する。どれか一つに頼ると、業種特性によって過大・過小評価が生じる。

1.3 サンプル数差異が示す「中小M&Aのデータ欠損構造」

中企庁2024年度集計のサンプル数は、3指標で異なる2

EV/EBITDA n=1,987 / PER n=2,191 / PBR n=2,830

PBRが EV/EBITDAより843件多い。これは偶然ではなく、構造的な理由がある。EV/EBITDAは営業利益・減価償却費の両方が必要、PERは純利益が必要、PBRは純資産だけで算出できる。中小M&Aでは詳細な損益データほど報告が欠けるため、計算に必要な項目が少ない指標ほどサンプルが大きくなる。

PBRが最も広いカバレッジを持つ事実は、中小M&A全体を俯瞰する視点では PBR が起点になりうることを示している。

2. 業種別Q1〜Q3レンジ——3指標の重ね合わせ

11業種のEV/EBITDA・PER・PBRの中央値とQ1〜Q3レンジ比較
図2:業種大分類11業種の3指標比較。同じ業種でも指標により位置が変わる

2.1 PBR業種別レンジ

PBR全体は中央値1.3、Q1=0.7、Q3=2.5倍である2。業種大分類の主な値は次のとおり。

業種 中央値
製造業 1.0
建設業 1.1
医療、福祉 1.2
不動産業、物品賃貸業 1.6
情報通信業 2.4

業種中分類では、インターネット附随サービス業 中央値7.0倍印刷・同関連業 中央値0.4倍が両極に立つ2。PBRは業種特性をシンプルに反映する。

2.2 PER業種別レンジ

PER全体は中央値11.7、Q1=5.8、Q3=23.1倍である2

業種 n 中央値
医療、福祉 175 8.8
生活関連サービス、娯楽 76 9.8
製造業 385 10.7
建設業 389 11.3
情報通信業 159 13.9
不動産業、物品賃貸業 105 23.9

医療・福祉が低く出るのはPER特有の現象である。Q1=3.1という極端な数字は、規制業種(特に医療業 n=71、Q1=2.2)の評価圧縮を反映する2。EV/EBITDAでは医療・福祉の中央値は8.5倍と中位だが、PERでは最低水準になる。指標を変えると業種の順位が変わる

2.3 不動産業の3指標横断での突出

不動産業は3指標すべてで突出する。前編で扱ったEV/EBITDA中央値22.2倍(不動産賃貸業・管理業)に加え、PER中央値32.1倍、PBR中央値1.6倍と、3指標すべてで全体中央値を上回る2

これは外れ値ではない。安定キャッシュフローと資産バッキングを併せ持つビジネスモデルが、3指標すべての分母に対して高い倍率を許容する構造の現れである。3指標で同方向の動きが確認できることが、業種特性の実在を立証する。

3. 業種別倍率バンドの3つの「形」

業種別倍率バンドの3つの形—不動産・医療・製造の3指標の対比
図3:業種別倍率バンドの3つの形。3指標を重ねたときの形状で業種特性が見える

3.1 形①——3指標すべて高水準(不動産・情報通信)

不動産業は EV/EBITDA・PER・PBR すべてが全体中央値を上回る。情報通信業も EV/EBITDA中央値9.0倍、PER中央値13.9倍、PBR中央値2.4倍と、3指標すべて上振れする2

安定収益・資産バッキング型(不動産)と、成長期待・無形資産型(情報通信)は、起点の違いはあるが、3指標すべてが上振れする点で同じ「形」を持つ。

3.2 形②——指標により評価が分かれる(医療・福祉)

医療・福祉は EV/EBITDA中央値8.5倍(中位)、PER中央値8.8倍(最下位水準)、PBR中央値1.2倍(中位)と、指標を変えると評価が大きく変わる。EBITDAベースでは中位、PERベースでは下位、PBRベースでは中位という不均衡が生じる。

これは規制業種の特性である。利益率に規制圧力がかかるためPERは圧縮される一方、設備投資・退職給付引当などEBITDAから差し引かれる項目が大きいためEBITDAは相対的に小さく、結果としてEV/EBITDA倍率は中位に出る。1指標だけ見ると業種を見誤る典型例である。

3.3 形③——3指標すべて低水準(製造・建設)

製造業(EV/EBITDA中央値6.3倍、PER中央値10.7倍、PBR中央値1.0倍)と建設業(同 5.4倍、11.3倍、1.1倍)は、3指標すべてで全体中央値を下回るか同水準に位置する2

景気感応度の高さと参入障壁の低さが、3指標すべての分母に対して抑制的に働く構造である。

業種別の「相場」は、単一指標の中央値ではなく、3指標のQ1〜Q3レンジを重ね合わせた『バンド』として把握される。前編で示した「Q1〜Q3レンジで読む」の作法は、3指標で重ねることで、業種特性の輪郭を厚く描き出せる。

4. 実務でどう使い分けるか

4.1 業種・財務構造ごとの起点指標

実務では、業種・財務構造に応じて起点とする指標が変わる。黒字企業で利益・キャッシュフローが安定している場合は EV/EBITDA を起点とする。利益が黒字だがキャッシュフローのブレが大きい場合は PER を起点とする。赤字の年がある、または資産型ビジネスである場合は PBR を起点とする。

ただし、起点を決めても3指標すべてで業種別レンジを確認することが、過大・過小評価の予防策として機能する。

4.2 経営者・アドバイザーが交わすべき問い

経営者は、提示された倍率が3指標のうちどれかを確認する。アドバイザーは、案件の業種・財務構造に対して、なぜその指標を起点に選んだかを説明する。前編・後編を通じて示した中企庁データは、この対話の共通土台を提供している。

中央値ではなく業種別Q1〜Q3レンジ、1指標ではなく3指標の重ね合わせ。これが「業種別の相場」を読むときの最低限の作法である。


業種別の相場の輪郭を3指標で描いたあと、次に問われるのは、この相場のなかで実際に提示される倍率の質である。アドバイザーが営業キャッシュフロー、利益、資産のどれを起点に提示したか、なぜその指標を選んだかは、案件ごとの説明責任に直結する。

評価指標の議論は、その先で報酬構造の議論に接続する。倍率を提示する側のインセンティブ構造を抜きに、相場の議論は閉じない。

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」株式価値簡易計算ツール。3指標の併用設計に関する記述を参照。 

  2. 中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度版。EV/EBITDA・PER・PBR業種別集計(業種大分類11区分、業種中分類33区分)。 

中小M&Aに「相場倍率」は存在するか——EV/EBITDA業種別データから読む(前編)

経営者が事業承継を考え始めたとき、アドバイザーに最初に投げる問いは決まっている。「うちは、いくらですか」——あるいは「うちの業種で、相場はどのくらいですか」である。

この問いに対する答え方は、アドバイザーの力量を映す鏡となる。「相場は5倍から10倍くらいです」と即答する人もいれば、「決算書を見ないと何とも言えません」と濁す人もいる。どちらも誤りではないが、どちらも正確ではない。

中小企業庁が支援機関登録制度を通じて公表している統計データは、この問いに一つの座標を与える。EV/EBITDA倍率の業種別データを精査すると、「相場倍率」と呼ばれるものの輪郭が、想定とは異なる場所に立ち現れる。

本記事は前編として、EV/EBITDA倍率に絞ってこの問いに答える。後編ではPBRとPERを加え、3指標で業種別の相場を立体化する。

この記事の要点

  • 全業種のEV/EBITDA中央値7.3倍は印象的だが、Q1〜Q3で3.6倍〜15.5倍と4倍以上の幅を持ち、単一値で「相場」を語ることに無理がある
  • 中企庁データは任意報告中心の制度設計により、譲渡側のEV/EBITDA算出が可能な案件は全体の40.2%にとどまる構造的限界がある
  • 純資産規模別では「規模による明確な傾向はみられない」(中企庁公式)が、業種大分類11区分では5.1倍(生活関連サービス)〜19.6倍(不動産業)の構造が立ち現れる
  • 不動産業の突出は外れ値ではなく業種特性の反映で、後編で扱うPBR・PERでも同じ傾向が再現される
  • 「相場」の単位は全業種一律ではなく業種別Q1〜Q3レンジとして存在する。経営者は業種別レンジと案件の財務構造との位置関係を併せて確認すべきである
EV/EBITDA倍率の計算構造と中企庁ツールの設計選択
図1:EV/EBITDA倍率の計算構造と、中企庁ツールが採用しなかった要素

1. EV/EBITDA倍率とは何の数字か

1.1 営業キャッシュ生成力に対する評価倍率

EV/EBITDA倍率は、企業価値(Enterprise Value、EV)が営業キャッシュ生成力(EBITDA、営業利益+減価償却費)の何年分に相当するかを示す指標である。中小M&Aの実務では、簡易計算式として次の関係が用いられる。

株式価値 = (営業利益+減価償却費)× EV/EBITDA倍率 − (有利子負債 − 現預金)

中企庁が公開している株式価値簡易計算ツールも、この計算式を採用している1

1.2 中企庁が「年買法」を採用しなかったこと

中企庁の計算ツールが採用したのは、EV/EBITDA法・PER法・PBR法の3つである。業界の実務でしばしば用いられる「年買法」——時価純資産に営業利益の数年分を加算する手法——は、採用されていない1

公式解説には採否の理由は明記されていない。しかし、中小企業の評価において、営業利益の数年分という発想を、公的なツールが標準として採らなかった事実は重い。営業キャッシュ生成力に「業種別の倍率」を掛けるという、より構造化された方法が選ばれている。

1.3 何を捨て、何を残したか

中企庁ツールは、設計思想上いくつかの簡略化を行っている。非流動性ディスカウントは適用していない。解説本文では30%程度が一般的と注記しているにもかかわらず、ツール側では適用していない1。非支配株主持分の調整も行わない。対象は黒字企業の株式譲渡に限定される1

ここで重要なのは、これらの簡略化を行ったうえで、結果を中央値ではなくQ1〜Q3の範囲で表示している点である。特定値で「いくらです」と語らせない設計が、ツール全体に貫かれている。

2. 中央値7.3倍の独り歩き

2.1 全体集計の数字

中企庁の集計表は、譲渡側の倍率をQ1(下から25%地点)/中央値(50%地点)/Q3(下から75%地点)の3点で示している。中央値の前後に各25%ずつ、合わせて中央の50%の案件がQ1とQ3の間に収まる構造である。

2024年度の全業種を集計した結果は次のとおりである2

n=1,987 / Q1=3.6倍 / 中央値=7.3倍 / Q3=15.5倍

「中央値7.3倍」という数字は印象的である。しかし、Q1とQ3の幅は3.6倍から15.5倍——4倍以上の幅がある。

2.2 サンプルカバー率40%という前提

このn=1,987という分母は、譲渡側として報告された案件総数4,940件のうち40.2%にすぎない2。残り59.8%は、EV/EBITDA倍率を算出するに足る財務データが報告されていない。

中企庁データは、補助金交付案件は必須報告、それ以外は任意報告という制度設計をとっている2。中小M&Aの財務データ欠損率の高さは、制度自体が抱える構造的限界である。だからこそ、中央値という単一値で語ることには無理が生じる。

2.3 中央値だけを見ることの危険

実務上、利用者が「相場は7.3倍です」と単一値で受け取ると、大半の案件で実態と乖離することになる。Q1の3.6倍は中央値の半分以下である。Q3の15.5倍は中央値の2倍以上である。

中企庁が中央値を表立たせず、Q1〜Q3レンジで表示している設計は、この乖離リスクへの予防線として理解すべきである。中企庁の集計表自体が、そう語っている。

3. 「規模で決まる」ではなく「業種で決まる」

純資産規模別と業種大分類別のEV/EBITDA中央値の対比
図2:規模別では傾向が見えず、業種別で初めて構造が立ち現れる

3.1 純資産規模別では傾向が見えない

中企庁は、EV/EBITDA倍率を譲渡企業の純資産規模で12区分に分けて集計している3。代表値を抜粋すると次のとおりである。

純資産規模 n 中央値
5百万円未満 62 10.6
5千万〜1億 382 6.9
1億〜1.5億 193 6.2
2億〜3億 201 5.9
5億超 337 7.8

中央値は5.9倍から10.6倍の範囲に収まる。規模が大きくなるほど倍率が下がる、または上がる、という単調な傾向は見えない。中企庁公式解説も、このデータについて「規模による明確な傾向はみられない」と明記している3

3.2 業種大分類で初めて構造が見える

同じデータを業種大分類11区分に組み替えると、景色が変わる2

業種 n 中央値
生活関連サービス、娯楽 72 5.1
建設業 310 5.4
製造業 358 6.3
学術研究、専門・技術 125 6.5
運輸業、郵便業 95 7.1
卸売業、小売業 336 7.7
サービス業(分類外) 147 7.8
医療、福祉 150 8.5
情報通信業 153 9.0
宿泊業、飲食サービス 72 10.3
不動産業、物品賃貸業 107 19.6

最低値5.1倍と最高値19.6倍の差は約4倍となる。規模軸では見えなかった構造が、業種軸では明確に立ち現れる。

3.3 不動産業という突出値の読み方

不動産業の中央値19.6倍は、他業種から大きく離れている。業種中分類でさらに細かく見ると、不動産賃貸業・管理業(n=57)は中央値22.2倍であり、Q3は45.6倍に達する2

これは外れ値ではなく、業種特性の反映と読むべきである。安定したキャッシュフローと資産バッキングを持つビジネスモデルは、収益倍率が高く出やすい。後編で扱うPBRやPERでも同じ傾向が再現される。不動産業は3指標すべてで突出する2

逆に、生活関連サービス・娯楽(中央値5.1倍)や建設業(5.4倍)は低く出る。これらは景気感応度が高く、参入障壁が比較的低く、固定資産依存も限定的である。

業種ごとに、評価倍率の水準は構造的に異なっている。

業種大分類11業種のEV/EBITDA倍率Q1〜Q3レンジ
図3:業種大分類のQ1〜Q3レンジ。中央値だけでなく「幅」で読む

4. 「相場倍率は存在するか」への答え

4.1 相場の単位は業種別Q1〜Q3レンジである

冒頭の問い——「相場倍率は存在するか」——への本記事の答えは、次のとおりとなる。

全業種を通じた『相場倍率』は存在しない。中央値7.3倍はそれらしく見えるが、Q1〜Q3で4倍以上の幅を持ち、規模では分解できず、業種で初めて構造が見える数字である。

しかし、業種別のQ1〜Q3レンジとしての『相場』は存在する。建設業の中央値5.4倍と不動産業の19.6倍は、別物として扱われるべき数字である。

4.2 経営者が確認すべきこと、アドバイザーが説明すべきこと

経営者は、アドバイザーから「相場は◯倍です」と単一値で示された場合、それが業種別の何のレンジ上の値なのかを確認することが望ましい。アドバイザーは、業種大分類のQ1〜Q3レンジと、案件のEBITDA規模・財務構造との位置関係を併せて説明すべきである。

中企庁データは、この対話の共通土台を提供している。


EV/EBITDA倍率は、黒字企業の営業キャッシュ生成力を分母に置く指標である。赤字企業や、純資産が大きい資産型企業の評価には、PBR(純資産倍率)が必要になる。また、株主帰属の純利益に対する評価倍率としては、PERが用いられる。

3指標を並べて初めて、業種ごとの評価軸が立体化する。

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」株式価値簡易計算ツール。採用手法・計算式・設計上の簡略化に関する記述を参照。 

  2. 中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度版。EV/EBITDA倍率業種別集計(業種大分類11区分、業種中分類33区分)。 

  3. 同上、純資産規模別12区分集計。中企庁解説に「規模による明確な傾向はみられない」と記載。 

誰がどの基準を使うか——機関種別で見るレーマン方式

前編で示したのは、中小企業庁が2024年に公表した試算ツールに並ぶ「株価」「オーナー受取額」「企業価値」「移動総資産」の4類型が、同じ譲渡価額でも基準額を最大2倍以上に変えるという構造であった。残された問いは、「では、誰がどの基準を実際に使っているのか」である。

本稿は、中小企業庁の2024年度アンケート387者と、JMIリーグテーブル掲載829機関(中小企業庁登録機関のうち2024年度に成約実績がある全機関)の届出データを並列に検証する。両データはおおむね一致しつつ、機関種別ごとに明確な傾向の差を示している。

この記事の要点

  • 算定方法を開示している機関のうち、レーマン方式の採用率は中企庁・JMI両データとも約88%で、業界の事実上の標準である
  • 機関種別の方式選好には明確な偏りがあり、業態の経済構造を反映している
  • 金融機関は移動総資産レーマンへの選好が一貫し、特に地方銀行は66.5%と突出する
  • 仲介・FA・コンサル・税理士の4業態は株価レーマンが第1位で揃い、アドバイザー業態の暗黙の標準が形成されている

1. レーマン方式は業界の事実上の標準である

1-1. 採用率は両データで約88%

中小企業庁が2024年8月に公表した『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』によれば、登録機関を対象としたアンケートで成功報酬の算定方法を回答した387者のうち、84.1%がレーマン方式を採用している[1]

JMIがリーグテーブル掲載829機関について4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)の届出データを集計した結果でも、算定方法が記載された3,090コンテクストのうち、88.8%でレーマン方式が選択されている[2]。両データの採用率は同水準にある。

1-2. レーマンの中の選択がもう一段の論点

両データはレーマン方式が中小M&A市場の事実上の標準であることを示している。残る11〜16%は「定額」「その他(時間チャージ等)」が占めるが、絶対数は小さい。注意すべきは、この88%のレーマン採用機関の中で、どの基準額が選ばれているかである。

前編で示したとおり、レーマン方式は4基準のいずれを採用するかで、同じ譲渡価額でも基準額が最大2倍以上に変わる。基準額が変われば成功報酬も大きく変わる。「レーマン方式を採用していますか」という確認だけでは、実際の手数料水準は見えない。

ここからは、機関種別ごとにどの基準額が選ばれているのかを、中企庁アンケートとJMIデータの両方で検証する。

2. 中企庁アンケート387者は機関種別の偏りを示す

2-1. 全体傾向

中企庁アンケート(387者・回答率64%)では、レーマン採用機関全体での報酬基準額は、株価38.2%・移動総資産26.6%・オーナー受取額17.8%・その他9.6%・企業価値7.8%である[1]

全体集計だけ見ると「株価が4割弱で第1位、移動総資産が2割強で第2位」という分布に見える。実際、業界の標準像はおおむねこのように語られてきた。しかし機関種別ごとに分解すると、業態によって選好が大きく異なる。

2-2. 機関種別の主要傾向

中企庁アンケートを機関種別に分解すると、次の3類型が浮かぶ[1]

第1に、仲介(n=82)とFA(n=42)は株価レーマンが優位で、それぞれ47.4%、54.1%が株価を採用している。「アドバイザーは株価」という暗黙の標準が、サンプル数の限られたアンケートでも確認できる。

第2に、金融機関(n=63)は移動総資産レーマンが過半数(51.7%)を占め、業態として明確に異なる傾向を示している。融資業務との連続性、基準額に有利子負債を加算する経済合理性が背景にあると解釈できる。

第3に、士業系専門家は機関種別ごとにさらに分散している。税理士は株価が主流、公認会計士はオーナー受取額の比率が高め、中小企業診断士は株価が最多——というように、業態別に異なる選好を示している。

2-3. アンケートの限界

中企庁アンケートにはサンプル設計上の限界がある。回答率64%は政府アンケートとしては高いが、回答機関は自己申告であり、実際にすべての契約で当該方式を貫いているとは限らない[3]。また、サンプル数も機関種別によって偏りがある(金融機関63者・公認会計士9者・中小企業診断士5者など)。

そこで本稿では、JMIリーグテーブル掲載829機関の届出データを並列に検証することで、アンケートの傾向が「成約実績がある全機関」のレベルで再現できるかを確認する。

3. JMIリーグテーブル829機関の完全クロス集計

3-1. 集計方法

JMIリーグテーブルの掲載対象は、中小企業庁登録機関3,396のうち2024年度に成約実績がある829機関である。各機関には最大4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)があり、それぞれに算定方法と報酬基準額が届出されている。本集計では、レーマン方式が採用された2,743コンテクストを機関種別ごとに分解した[2]

このコンテクスト単位の集計は、市場で実際に提供されている方式の構成比に近い指標となる。一機関が複数の業務領域(譲渡側のみ/両側/仲介とFAの両方等)を提供している実態を反映できるためである。

3-2. 機関種別×方式別の分布

主要9機関種別の集計結果は次のとおりである[2]

機関種別×方式採用率のヒートマップ。9機関種別×5方式の構成比を一覧表示
Fig.1 JMIリーグテーブル829機関の機関種別×方式採用率(出典:JMIリーグテーブル2024年度・レーマン採用2,743コンテクスト)
機関種別 n機関 株価 オーナー受取額 企業価値 移動総資産 その他
M&A専門業者 – 仲介 284 46.2% 19.2% 6.4% 24.6% 3.5%
コンサルティング会社 115 47.2% 14.3% 14.5% 20.8% 3.3%
M&A専門業者 – FA 114 36.9% 24.2% 13.2% 19.3% 6.4%
金融機関 – 地方銀行 60 7.5% 4.6% 10.0% 66.5% 11.3%
士業等専門家 – 税理士 59 48.3% 24.6% 1.0% 22.2% 3.9%
金融機関 – 信金・信組 26 31.4% 27.5% 3.9% 32.4% 4.9%
士業等専門家 – 公認会計士 23 31.1% 21.6% 2.7% 44.6% 0.0%
士業等専門家 – 中小企業診断士 23 35.2% 31.9% 15.4% 13.2% 4.4%
金融機関 – 都市銀行 4 0.0% 0.0% 50.0% 0.0% 50.0%

3-3. 中企庁データとの対照

JMIデータと中企庁アンケートを対照すると、主要傾向は概ね一致する。仲介の株価優位(中企庁47.4%/JMI 46.2%)、FAの株価優位(中企庁54.1%/JMI 36.9%)、地方銀行の移動総資産選好(中企庁51.7%/JMI 66.5%)はいずれも同方向である。

中企庁387者とJMI829機関の方式採用率の対比棒グラフ。主要4機関種別で両データを並列表示
Fig.2 中企庁アンケート387者とJMI829機関の方式採用率対比(出典:中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』2024年8月/JMIリーグテーブル2024年度)

差が大きいのはFAと地方銀行である。FAは中企庁54.1%に対しJMIでは36.9%で17pt差、地方銀行は中企庁51.7%に対しJMIでは66.5%で15pt差。これらは、自己申告アンケート(中企庁・回答率64%)と全登録機関の届出データ(JMI・カバー率100%)という方法論の違いから生じる差と解釈できる。

4. データから見える業態構造の輪郭

4-1. 金融機関の「移動総資産」選好の連続性

第1の発見は、金融機関業態が移動総資産レーマンを一貫して選好している事実である。

地方銀行60行のレーマン採用コンテクスト239のうち、66.5%(159コンテクスト)が移動総資産を採用している[2]。次点の「その他レーマン」11.3%を遥かに上回る突出した集中である。

信金・信組26機関ではこの傾向はやや弱まり、移動総資産32.4%・株価31.4%・オーナー受取額27.5%でほぼ三分される。地方銀行ほどの一極集中ではないが、依然として移動総資産が第1位である。

都市銀行4行(みずほ、三井住友、三菱UFJ、りそな)はサンプル数が少ないが、独自設計が大半を占める。みずほ・三井住友・三菱UFJの3行は「その他レーマン」(公表4基準に当てはまらないカスタム逓減等)を採用し、りそなのみ企業価値レーマンを4コンテクストすべてで採用している[4]

地方銀行・信金・都市銀行という金融機関の3層は、規模が大きくなるほど標準ツールから離れて独自設計に向かう連続的なスペクトラムを形成している。共通するのは、移動総資産(基準額に有利子負債を加算)または企業価値(事業価値ベース)といった、基準額を大きく取る方向の方式選好である。融資業務との連続性、対象企業の財務構造を熟知する立場としての合理性が、業態的に表れているとみてよい。

4-2. アドバイザー類の同型性

第2の発見は、アドバイザー業態が株価レーマン優位で揃っている事実である。

仲介(株価46.2%)、FA(株価36.9%)、コンサルティング会社(株価47.2%)、税理士(株価48.3%)のいずれも、第1位は株価レーマンである。

第2位以下に若干の差はあるが(仲介は移動総資産24.6%、FAはオーナー24.2%、税理士はオーナー24.6%、コンサルは移動総資産20.8%)、いずれも株価レーマンを軸に、補完的な基準額として移動総資産またはオーナー受取額を組み合わせる構造となっている。

サービスの提供形態(仲介/FA)も、専門背景(士業/コンサル)も異なる4業態が、第1位の方式で揃っている事実は、アドバイザー業態に「株価レーマンが基本標準」という暗黙の合意が形成されていることを示唆する。譲渡側経営者の利益(株式譲渡対価)を主たるサービス対象とする業態として、株価ベースの基準額が業態的に適合する結果といえる。

4-3. 「その他レーマン」(独自カスタム)の散在

第3の発見は、業界全体の3.5%に留まる「その他レーマン」(公表4基準に当てはまらない独自設計)が、機関種別ごとに散在している事実である。

その他レーマン採用率の機関種別分布。全体平均3.5%を上回る業態を強調表示
Fig.3 「その他レーマン」採用率の機関種別分布(出典:JMIリーグテーブル2024年度・レーマン採用2,743コンテクスト)

弁護士16.7%、地方銀行11.3%、FA 6.4%、信金・信組4.9%——いずれも全体平均(3.5%)を上回る比率で「その他レーマン」が選択されている[2]。都市銀行に至っては、機関単位で4行中3行が独自設計である。

「同じレーマン方式」という業界用語の中には、4基準では捉えきれない独自の逓減設計が一定割合で存在している。経営者が見積を比較するときには、「レーマン方式の何基準か」だけでなく「料率と基準額の組み合わせの実体」を確認しなくてはならない理由がここにある。

5. 業態特性と実務上の確認事項

5-1. 業態の経済構造が方式選好を規定する

機関種別の方式選好が業態の経済構造を反映している、という構図がここまでの観察から見えてくる。

金融機関は融資業務の延長としてM&A業務を行うため、有利子負債を含めた基準額を採用する合理性がある。アドバイザー業態(仲介・FA・コンサル・税理士)は譲渡側経営者の利益を主たるサービス対象とするため、株価ベースの基準額が業態として適合する。中小企業診断士は経営コンサルティング背景から、企業価値やオーナー受取額にやや傾く分布となっている。

これらは「どの方式が正しいか」という議論ではない。業態として歴史的に形成された慣習が、データに表れているにすぎない。

5-2. 経営者が確認すべき項目

機関種別ごとに方式選好が異なるという事実は、譲渡側経営者にとって実務上の意味を持つ。

複数機関から見積を取る際、機関種別が異なれば標準的に提案される方式も異なる可能性が高い。「同じ譲渡価額の見込み」であっても、金融機関の見積では移動総資産ベースで、仲介・FAの見積では株価ベースで計算されている可能性がある。基準額の定義が異なれば、表面上の料率(5%・4%・3%等)が同じでも、最終的な手数料総額は大きく異なる。

経営者が見積比較で確認すべきは、最低でも次の3点である[5]

見積比較で確認すべき3点

  1. 算定方法:レーマン方式か、定額か、その他か
  2. 基準額の定義:レーマン方式であれば、株価・オーナー受取額・企業価値・移動総資産・その他のいずれか。その他であればどのような算式か
  3. 料率テーブルの逓減構造:5%/4%/3%/2%/1%か、独自設計か

3点の組み合わせで初めて、見積間の正確な比較が成立する。「レーマン方式です」という回答だけでは、手数料水準の見当はつかない。

5-3. 結びにかえて

中小M&A市場における手数料計算の実態は、「レーマン方式が業界標準」というラベルだけでは捉えきれない複層構造を持っている。前編・後編を通じて示してきたとおり、4基準の選択と機関種別の偏りが組み合わさることで、最終的な手数料水準は同じ譲渡価額でも大きく異なる。

経営者がこの構造を知っていれば、見積比較は「料率の数字」ではなく「基準額の定義」から始まる。アドバイザーがこの構造を整理して提示できれば、依頼者の納得は深まる。中小M&A市場が「質の市場」として成熟するために、報酬体系の透明化はこれからの論点である。

脚注

[1] 中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』(2024年8月)p.16「報酬の内訳」、p.23「レーマン方式の採用状況」。アンケート対象は登録支援機関、回答機関数387者、回答率64.0%。

[2] JMIリーグテーブル2024年度集計。データソースは『リーグテーブル_2024年度_v6_詳細統合.xlsx』「M&A支援機関データベース」シート(中小企業庁登録機関3,396、2024年度成約実績あり829機関)。集計方法は、各機関の最大4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)について、算定方法欄と報酬基準額欄を読み取り、レーマン採用2,743コンテクストを機関種別ごとに集計した。

[3] 中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』(2024年8月)p.5「調査の概要」。アンケート回答は2024年4月時点の自己申告であり、回答機関の実際の契約全件における方式採用を保証するものではない。

[4] 都市銀行4行(株式会社みずほ銀行・株式会社三井住友銀行・株式会社三菱UFJ銀行・株式会社りそな銀行)の届出データから集計。届出時点は2024年度。

[5] 中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)参考資料』(2024年改訂)pp.83-85「契約書チェックリスト」、および同『中小M&A市場の改革に向けた方向性について』(2024年)p.26「算定方式別手数料率分析」を参照。

中小M&Aの実効手数料率——レーマン料率と中企庁データの差が示すもの

中小M&Aの手数料は「レーマン方式・5%から」と案内されることが多い。しかし中小企業庁の公表データを見ると、実際の報酬率(実効手数料率)は譲渡価額帯によって異なる構造を持つ。譲渡価額5,000万円の案件では中央値16.6%、1億円の案件では13.3%——レーマン料率5%を+3〜12pt上回る水準である。一方、譲渡価額5億円を超えるとレーマン料率にほぼ収斂する。最低手数料の存在と料率逓減の組み合わせが、譲渡価額帯ごとに実効料率を規定している。本稿では、中企庁アンケート387者とJMIリーグテーブル2024年度(成約実績あり829社)のデータから、最低手数料の業界分布と、それが中小M&A主流帯の実効料率に与える影響を整理する。1

中小M&Aの実効手数料率——譲渡価額帯ごとの構造

譲渡価額区分別の実効料率

中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2は、譲渡価額区分別の報酬率(対価ベース)を公表している。2024年度のデータに基づく中央値は以下のとおりである。

  • 譲渡価額 5,000万〜1億円:16.6%
  • 譲渡価額 1〜1.5億円:13.3%
  • 譲渡価額 1.5〜2億円:10.1%
  • 譲渡価額 2〜3億円:8.3%
  • 譲渡価額 3〜5億円:6.1%
  • 譲渡価額 5億円超:4.3%

譲渡価額5,000万〜10億円の中小M&A主流帯のほぼ全域で、実効料率がレーマン料率(5億円以下5%)を上回っている。

レーマン料率との差

レーマン方式の料率逓減は、5億円以下5%、5〜10億円帯4%の標準形を採る(前編で詳述)。3 これと上記の実効料率を並べると、以下の差が見える。

  • 5,000万〜1億円:+11.6pt(レーマン5%との差)
  • 1〜1.5億円:+8.3pt
  • 1.5〜2億円:+5.1pt
  • 2〜3億円:+3.3pt
  • 3〜5億円:+1.1pt
  • 5億円超:-0.7〜+0.3pt(レーマン5%との差はほぼゼロ、レーマン4%との比較では微増)

中小M&A主流帯の大部分で、実効料率がレーマン料率を上回る構造が確認できる。

譲渡価額帯で構造が変わる

譲渡価額帯によって、実効料率とレーマン料率の差は明確に異なる。

  • 譲渡価額 5,000万〜3億円:最低手数料の影響が大きく、実効料率がレーマン料率を+3〜12pt上回る
  • 譲渡価額 3〜5億円:影響が漸減、実効料率はレーマン料率を+1pt程度上回る水準
  • 譲渡価額 5億円超:最低手数料の影響がほぼ消え、実効料率はレーマン料率に収斂

譲渡価額が大きくなるほど、実効料率はレーマン料率に収斂していく。このことは、中規模帯では最低手数料が実効料率を押し上げる役割を担い、大規模帯ではその役割が消えることを示している。

マイクロ帯の極端な例

参考として、譲渡価額500〜1,000万円のマイクロ帯では、報酬率の中央値が2022年度から2024年度まで50%前後で動かない現象が観察されている。中小M&A市場の主流帯ではないが、最低手数料の影響が極端に現れる象徴的な例として知られる。本稿の主対象は譲渡価額5,000万〜10億円の中小M&A主流帯であるため、マイクロ帯の詳細は扱わない。4

譲渡価額区分別の実効料率中央値とレーマン料率の比較
Fig.1 譲渡価額区分別の実効料率中央値(2024年度)とレーマン料率の比較

要点

  • 中小M&A主流帯(譲渡価額5,000万〜10億円)の実効料率中央値は4.3〜16.6%で、譲渡価額帯により大きく異なる
  • 譲渡価額5,000万〜3億円ではレーマン料率を+3〜12pt上回る
  • 譲渡価額5億円超でレーマン料率に収斂する
  • 譲渡価額が大きくなるほど、最低手数料の影響は漸減する

レーマン料率と実効料率の差は何が生むか

レーマン料率だけで考えたときの報酬額

前編で整理したとおり、レーマン方式の標準形は5億円以下5%、5〜10億円4%、10〜50億円3%の逓減構造となっている。譲渡価額1.5億円の案件にレーマン方式を適用すると、成功報酬は1.5億円 × 5% = 750万円となる。レーマン料率ベースの報酬率は5%である。

実際の報酬率は13.3%

中企庁データによれば、譲渡価額1〜1.5億円帯の実効料率中央値は13.3%である。1.5億円の案件で実効料率13.3%なら、報酬は約2,000万円となる。レーマン理論値750万円との差は約1,250万円、レーマン計算額の2.6倍である。

この差分を生む要因

中企庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」5 p.24には、以下の記述がある。

案件規模が小さくなると最低手数料が適用されるため、手数料率は高くなる傾向にある。

報酬額はレーマン計算額と最低手数料のうち高いほうが適用されるのが一般的な業界慣行である。最低手数料の業界中央値は500万円(機関により200〜2,000万円)であり、この金額が中規模帯の実効料率を押し上げている。

譲渡価額が大きくなるにつれてレーマン計算額が最低手数料を上回り、実効料率がレーマン料率に収斂していく。中企庁公式が公表した階層別の実効料率は、この構造を反映している。

要点

  • レーマン料率5%で計算した譲渡価額1.5億円の報酬は750万円
  • 実際の実効料率13.3%なら報酬は約2,000万円、レーマン理論値との差は約1,250万円
  • 最低手数料が中規模帯でも実効料率を押し上げている
  • 譲渡価額5億円超で初めてレーマン料率に収斂する

最低手数料の分布——中企庁とJMIの両データが示す構造

中企庁アンケート387者が示す分布

中小企業庁「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」1 p.20-21では、最低手数料を設定している385者のうち金額回答者374者の分布が公表されている。

  • 全体中央値:500万円
  • 機関種別の中央値:
  • 仲介(n=136):500万円
  • FA(n=44):500万円
  • 金融機関(n=84):1,000万円
  • 税理士(n=31):200万円
  • 公認会計士(n=10):200万円
  • 中小企業診断士(n=5):300万円
  • 経営コンサル(n=33):300万円

JMIリーグテーブル829社の完全集計

JMIリーグテーブル2024年度6は、中企庁登録支援機関のうち2024年度に成約実績のある829社を対象とする独自データセットである。各機関の4コンテクスト(FA譲渡/FA譲受/仲介譲渡/仲介譲受)で個別に最低手数料を集計した結果(延べn=2,746)、中央値は500万円で中企庁アンケートと一致している。

機関種別の中央値は以下のとおりである。

  • 仲介(n=1,093):1,000万円
  • コンサル(n=392):300万円
  • FA(n=383):500万円
  • 地方銀行(n=228):1,000万円
  • 税理士(n=214):200万円
  • 中小企業診断士(n=109):200万円
  • 信金・信組(n=104):400万円
  • 公認会計士(n=79):500万円
  • 金融機関その他(n=39):2,000万円
  • 都市銀行(n=7):2,000万円

両データから見える観察

全体中央値は両データで500万円で一致する。機関種別では、地方銀行の中央値1,000万円、士業系の200〜300万円という水準が両データで一致している。

一方、仲介の中央値は中企庁アンケート500万円に対してJMI集計で1,000万円と差がある。両データの性質差——中企庁は任意回答136者の自己申告、JMIは全成約実績機関の4コンテクスト延べ集計——による可能性が考えられる。JMIの集計には、譲渡側と譲受側で異なる金額を設定している機関の値が反映されている。

機関種別では、最低手数料が5倍の幅(士業系200万円〜都市銀行2,000万円)で分布している。最低手数料は、機関の業態と扱う案件規模を反映していると解釈できる。

最低手数料の機関種別分布——中企庁アンケートとJMIリーグテーブルの対比
Fig.2 最低手数料の機関種別分布——中企庁アンケート387者とJMIリーグテーブル829社の対比

要点

  • 最低手数料の全体中央値は中企庁とJMIで一致(500万円)
  • 機関種別では5倍の幅(士業系200万円〜都市銀行2,000万円)
  • 仲介の中央値は中企庁500万円とJMI1,000万円で差、両データの性質差による可能性
  • 最低手数料は機関の業態・扱う案件規模を反映している

モデルケース試算——譲渡価額1.5億円と5億円の2本並列

譲渡価額帯で構造が変わる様子を、2つのモデルケースで確認する。

モデルA:譲渡価額1.5億円(売上3〜10億クラス)

  • 譲渡価額:1.5億円
  • レーマン方式(5億以下5%)の計算額:1.5億円 × 5% = 750万円
  • 中企庁データ(1〜1.5億帯)の実効料率中央値:13.3%
  • 実効料率で計算した報酬:約2,000万円

機関別の最低手数料を最低手数料がそのまま適用された場合の計算上の参考値として並べると、以下のとおりとなる。7

  • 仲介(JMI中央値1,000万円):max(750万円, 1,000万円) = 1,000万円(6.7%)
  • 仲介(中企庁中央値500万円):max(750万円, 500万円) = 750万円(5.0%・レーマン優先)
  • FA(500万円):max(750万円, 500万円) = 750万円(5.0%・レーマン優先)
  • 地方銀行(1,000万円):max(750万円, 1,000万円) = 1,000万円(6.7%)
  • 税理士(200万円):max(750万円, 200万円) = 750万円(5.0%・レーマン優先)
  • 都市銀行(2,000万円):max(750万円, 2,000万円) = 2,000万円(13.3%)

計算上の報酬額は750万〜2,000万円の範囲で、機関種別により2.7倍の幅が生じる。

モデルB:譲渡価額5億円(売上20〜50億クラス)

  • 譲渡価額:5億円
  • レーマン方式の計算額:5億円 × 5% = 2,500万円(5億以下5%を全額適用)
  • 中企庁データ(3〜5億帯)の実効料率中央値:6.1%
  • 実効料率で計算した報酬:約3,050万円

機関別の最低手数料を同様に並べると、以下のとおりとなる。

  • 仲介(JMI中央値1,000万円):max(2,500万円, 1,000万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 仲介(中企庁中央値500万円):max(2,500万円, 500万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • FA(500万円):max(2,500万円, 500万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 地方銀行(1,000万円):max(2,500万円, 1,000万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 税理士(200万円):max(2,500万円, 200万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 都市銀行(2,000万円):max(2,500万円, 2,000万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)

どの機関でもレーマン計算額2,500万円が最低手数料を上回り、計算上の報酬額はほぼ同一になる。譲渡価額5億円で最低手数料の影響は構造的にほぼ消える。

モデルケース試算——譲渡価額1.5億円と5億円の2本並列、機関別の最低手数料との関係
Fig.3 モデルケース試算(計算上の参考値)——譲渡価額1.5億円と5億円の2本並列

2つのモデルが示す構造の違い

モデルAでは機関によって計算上の報酬額が750万〜2,000万円と2.7倍の幅が生じる一方、モデルBではどの機関でもレーマン優先で2,500万円に収束する。譲渡価額5億円が、最低手数料の影響が構造的に消える境界となっている。

ただし、両ケースとも中企庁データの実効料率(A:13.3%、B:6.1%)は、計算上の参考値と実務調整を経た成約案件の水準である。実際の報酬水準は個別案件で異なる。

計算上の参考値と実務の調整

上記の計算上の参考値は、あくまで最低手数料がそのまま適用された場合の金額である。実務では、案件の性質・規模に応じて以下の調整が行われるのが一般的とされる。

  • 最低手数料の減額協議
  • 着手金・中間金・成功報酬の組み合わせによる調整
  • 案件複雑性に応じた追加報酬の設定

中企庁データの実効料率は、こうした実務調整を経た成約案件の水準である。

要点

  • モデルA(譲渡価額1.5億円):機関別の計算上の報酬額は750万〜2,000万円(2.7倍の幅)——最低手数料が効く帯
  • モデルB(譲渡価額5億円):どの機関でもレーマン計算額2,500万円が適用——レーマン優先帯
  • 譲渡価額5億円で最低手数料の影響は構造的にほぼ消える
  • 実務では減額協議・契約形態の調整が行われるため、計算上の試算そのままにはならない

中小M&Aの経営者・アドバイザーの実務的含意

「レーマン5%から」表記の解釈

中小M&A仲介・FAの提案書では「レーマン方式・5%から」の表記が多い。この5%はレーマン計算額の初期料率であり、実効料率とは異なる。実効料率はレーマン計算額と最低手数料の組み合わせで決まり、譲渡価額帯によってレーマン料率との差が大きく変わる。

譲渡予想額ごとの注意点

譲渡予想額の帯ごとに、最低手数料の影響度は異なる。

  • 譲渡予想額5,000万〜1億円:実効料率13〜17%、レーマン料率の3倍水準。最低手数料の影響が最も大きい
  • 譲渡予想額1〜3億円:実効料率8〜13%、レーマン料率の1.6〜2.6倍。最低手数料の影響が中程度
  • 譲渡予想額3〜5億円:実効料率約6%、レーマン料率+1pt程度。最低手数料の影響は小さい
  • 譲渡予想額5〜10億円:実効料率4.3%、レーマン料率に収斂。最低手数料の影響はほぼない

経営者が確認すべきこと

提案書で「レーマン方式・5%から」の表記があっても、自社の譲渡予想額での実効料率を試算依頼することが判断の前提となる。最低手数料の金額と、案件規模に応じた調整余地を合わせて確認することが必要である。

譲渡予想額が3億円以下なら、複数機関から相見積もりを取り、機関種別ごとの最低手数料水準(士業系200〜500万円、仲介・FA500〜1,000万円、地方銀行1,000万円、都市銀行2,000万円)を把握した上で比較することで、実効料率の見通しが立つ。譲渡予想額が5億円を超えるなら、最低手数料の影響は小さく、方式選択(前編で扱った基準額4類型)や業務範囲・実績で機関を選ぶ判断軸が優先される。

経営者向け・中小M&Aで確認すべきこと

  • 自社の譲渡予想額での実効料率を試算依頼する(レーマン料率ではない)
  • 譲渡予想額5,000万〜3億円の帯では、実効料率は8〜17%の範囲で機関により異なる——最低手数料が効く帯
  • 譲渡予想額5億円超の帯では、最低手数料の影響は小さく、レーマン料率に収斂する
  • 機関種別ごとの最低手数料水準(士業系は低く、金融機関は高い)を把握する
  • 複数機関から相見積もりを取り、最低手数料と調整余地を合わせて確認する

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」令和5年度調査。回答機関460者のうち、最低手数料を設定している385者の金額回答者374者を対象とした分布がp.20-21に公表されている。 

  2. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度 登録機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度版。§5.7「株式譲渡額別報酬率」の譲渡価額区分別中央値を参照。 

  3. 本稿の前編「レーマン方式の4基準——『同じレーマン』で手数料が2倍動く構造」を参照。 

  4. 譲渡価額500〜1,000万円帯のマイクロM&Aはプラットフォーム系が主戦場となる別の市場セグメントであり、中小M&A主流帯とは異なる構造を持つ。本稿では参考として言及するにとどめる。 

  5. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」2024年度。p.24に「案件規模が小さくなると最低手数料が適用されるため、手数料率は高くなる傾向にある」との公式記述がある。 

  6. JMIリーグテーブル2024年度は、中小企業庁登録M&A支援機関3,396社のうち2024年度に成約実績のある829社を対象とする独自データセット。各機関の4コンテクスト(FA譲渡/FA譲受/仲介譲渡/仲介譲受)で個別に最低手数料を集計した延べ値(n=2,746)で分析している。 

  7. モデルケースの試算は、最低手数料がそのまま適用された場合の計算上の参考値である。実務では案件特性に応じて減額協議・契約形態の調整・案件選別が行われるのが一般的で、計算上の試算そのままの金額が請求されるわけではない。中企庁データの実効料率は、こうした実務調整を経た成約案件の水準である。 

レーマン方式の4基準——「同じレーマン」で手数料が2倍動く構造

中小M&A仲介・FAの成功報酬は「レーマン方式」と総称されることが多い。だがこの呼称の内部には、何を報酬基準額とするかで異なる4つの計算式が存在する。中小企業庁の公式計算ツールは、この4類型を並列で示している。同一案件でも基準額の選択によって、成功報酬が最大で約2倍動く。本稿では公式資料に基づき、レーマン方式の内部構造——4類型の定義・料率逓減・実際の試算——を整理する。

この記事の要点

  • 「レーマン方式」は単一の計算式ではなく、報酬基準額の4類型(株価/オーナー受取額/企業価値/移動総資産)の総称である
  • 4類型は累加的に構成要素が増える設計で、業界全体の84.1%がレーマン方式を採用するが、その内訳は4類型に分かれている
  • モデルケース試算では、同一案件であっても基準額の選択により成功報酬が最大1.9倍動く
  • 事業承継ガイドライン第3版参考資料の契約書様式は、報酬基準額の4類型をチェックボックスで明示する構造となっている
  • 中企庁公式は「どの算定方式が合理的か整理する必要がある」と問題提起しており、特定方式を「正解」と断じる記述は存在しない

レーマン方式とは何か——中企庁公式が並列する4類型

成功報酬の計算式:基準額 × 料率

中小M&A仲介・FAの報酬体系は、着手金・中間金・月額報酬・成功報酬・最低手数料の組み合わせで構成される。このうち成功報酬は、案件成約時に支払われる報酬の本体である。

成功報酬の算定は、報酬基準額に料率を乗じる形式が業界標準となっている。中小企業庁アンケート1によれば、レーマン方式を採用している支援機関は全体の84.1%に及ぶ。本稿の射程はこの成功報酬の計算方式に限定する。着手金・中間金・月額報酬・タイムチャージは別の論点として扱う。2

最低手数料の存在にも触れておく。レーマン計算額が最低手数料を下回る場合、最低手数料が適用されるのが一般的な業界慣行である。最低手数料の業界分布と、それが実効手数料率に与える影響は次稿で扱う。

基準額の4類型

「レーマン方式」という呼称は単一の計算式を指していない。中小企業庁の公式計算ツール3および「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」1は、報酬基準額として4つの類型を並列で示している。

  1. 株価レーマン:株式価額
  2. オーナー受取額レーマン:株式価額 + 役員借入金
  3. 企業価値レーマン:株式価額 + ネット有利子負債(有利子負債 − 現預金等)
  4. 移動総資産レーマン:株式価額 + 有利子負債 + その他の負債

4類型は累加的に構成要素が増える設計となっている。最も基準額が小さいのは①株価レーマン、最も大きいのは④移動総資産レーマンである。

レーマン方式 報酬基準額の4類型の構成要素比較
Fig.1 報酬基準額の4類型——構成要素の比較

料率逓減の一般的な形

料率は、報酬基準額の大きさに応じて段階的に下がる「逓減構造」を採用するのが一般的である。事業承継ガイドライン第3版参考資料4が示す標準形、および中企庁公式計算ツールのデフォルト料率は以下のとおりである。

  • 5億円以下:5%
  • 5億円超〜10億円以下:4%
  • 10億円超〜50億円以下:3%
  • 50億円超〜100億円以下:2%
  • 100億円超:1%

計算は積み上げ式で行われる。例えば基準額が7億円の場合、5億円までに5%(2,500万円)、5〜7億円の2億円に4%(800万円)が適用され、合計3,300万円となる。

4類型の公式採用状況

中企庁アンケート(回答者387者)における4類型の採用率は以下のとおりである。

  • 株価レーマン 38.2%
  • 移動総資産レーマン 26.6%
  • オーナー受取額レーマン 17.8%
  • その他 9.6%
  • 企業価値レーマン 7.8%

「レーマン方式」と一括りに呼ばれてきたが、業界内では4類型が実質的に並存している。契約書・提案書では、この4類型のどれが採用されているかを確認する必要がある。事業承継ガイドライン第3版参考資料4の契約書チェックリスト(p.83-85)にも、報酬基準額の4類型がチェックボックスで明示されている。機関種別ごとの採用傾向は後編で扱う。

要点

  • 「レーマン方式」は単一の計算式ではなく、報酬基準額4類型の総称である
  • 4類型は中小企業庁の公式計算ツールで並列されている
  • 全体の84.1%がレーマン方式を採用するが、その内訳は4類型に分かれる
  • 契約書では基準額の類型をチェックボックスで明示する制度となっている

基準額の違いが生む手数料差——同一案件での4方式試算

モデルケース:中規模製造業の株式譲渡

4類型の違いが実際の手数料にどう表れるかを、モデルケースで確認する。

譲渡価額2億円の中規模製造業を想定する。役員借入金3,000万円、有利子負債1億円、現預金等5,000万円、その他負債8,000万円という財務構成を設定する。年商3〜10億、営業利益5,000万〜1億規模の中規模中小企業を想定した切りのよい仮値であり、特定案件を想定したものではない。5

4方式それぞれの基準額計算

同一案件に対して、4類型の基準額は以下のように計算される。

  • ①株価レーマン:2億円
  • ②オーナー受取額レーマン:2億円 + 3,000万円 = 2.3億円
  • ③企業価値レーマン:2億円 +(1億円 − 5,000万円)= 2.5億円
  • ④移動総資産レーマン:2億円 + 1億円 + 8,000万円 = 3.8億円

同じ案件でありながら、基準額は2億円から3.8億円まで、1.9倍の幅で動く。

手数料額の比較

4類型のいずれも5億円以下の帯に収まるため、料率5%が適用される。それぞれの成功報酬は以下のとおりとなる。

  • ①株価:2億円 × 5% = 1,000万円
  • ②オーナー受取額:2.3億円 × 5% = 1,150万円
  • ③企業価値:2.5億円 × 5% = 1,250万円
  • ④移動総資産:3.8億円 × 5% = 1,900万円

最大(④移動総資産)と最小(①株価)の差は900万円、約1.9倍である。

モデルケース試算——譲渡価額2億円の中規模案件における4方式の手数料比較
Fig.2 モデルケース試算——基準額の選択が手数料を最大1.9倍動かす

この差が実務で意味すること

同じ「レーマン方式」「料率5%」で契約しても、どの基準額を採用するかで手数料が1.9倍動く。この差は料率の違いではなく、基準額の選択から生まれる。

中企庁公式ツール3が4類型を並列で示す背景には、利用者側の比較を可能にする意図があると考えられる。報酬の交渉は料率のみで完結せず、基準額の類型そのものが交渉対象となる。

要点

  • モデルケース(譲渡価額2億円)で、4方式の手数料は1,000万円〜1,900万円の範囲で動く
  • 最大と最小の差は900万円、約1.9倍
  • この差は料率の違いではなく基準額の選択から生まれる
  • 「レーマン方式」「料率5%」という表記だけでは手数料は確定しない

料率逓減の構造と実際の散らばり

逓減テーブルの標準形

先に示した料率逓減テーブル(5億円以下5%→100億円超1%)は、中企庁公式計算ツール3のデフォルト料率であると同時に、事業承継ガイドライン第3版参考資料4 p.37の「成功報酬の標準記載例」としても提示されている。積み上げ式の計算構造は両資料で一致している。

「基準額が大きくなるほど料率が下がる」設計

逓減構造は、大規模案件の手数料が過大にならない調整として機能する。ただし逓減の適用は基準額に対して行われるため、基準額の選択次第で逓減の効き方自体が変わる。

前節のモデルケースでは、4類型の基準額がすべて5億円以下の帯に収まったため、4類型とも同じ5%が適用された。しかし基準額が5億円を超える案件では、構成要素の範囲が広い方式ほど高い階層の料率が適用されなくなる場面が生まれる。基準額の選択は、料率逓減の効き方にも影響を与える。

中企庁公式が示す実際の散らばり

中小M&A市場の改革に向けた方向性について6 p.26には、算定方式別の手数料率を分析した散布図が掲載されている。同資料では、同規模の案件であっても算定方式により手数料率に差が生じていることが指摘されている。特に譲渡価額3億円未満の帯では、移動総資産レーマン採用機関の手数料率が他方式採用機関より高い傾向にあると報告されている。

中企庁公式は、この現象に対して次のように問題提起している。

同規模の案件であっても、手数料率に差が生じている現状を踏まえ、各算定方式が採用される背景や理由を明らかにして、どの算定方式が合理的かについて、案件の性質も勘案しつつ、整理する必要がある。6

中企庁自身が、算定方式の合理性整理の必要性を公式に認めている。特定方式が「正解」と断じる記述は公式文書には存在しない。

料率逓減テーブルと算定方式別の実際の手数料率散布図
Fig.3 料率逓減の標準形と、算定方式が生む実際の手数料率の差

要点

  • 料率の標準形は5億円以下5%から100億円超1%への逓減
  • 逓減は基準額に対して適用されるため、基準額の選択が逓減構造の効き方に影響する
  • 中企庁公式統計は、同規模案件でも算定方式により手数料率に差があることを示している
  • 中企庁自身が「どの算定方式が合理的か整理する必要がある」と問題提起している

契約書・提案書で確認すべきこと

「レーマン方式」表記の内訳を確認する

見積書・提案書に「レーマン方式」「5%から」と記載されている場合、それだけでは手数料は確定しない。確認すべき項目は以下のとおりである。

  • 報酬基準額の類型(4類型のどれか)
  • 料率逓減テーブルの詳細
  • 最低手数料の併用有無・金額
  • 着手金・中間金の有無と金額

最低手数料が適用されるかどうかは案件規模により異なる。最低手数料の業界分布と、それが実効手数料率に与える影響は次稿で詳述する。

契約書チェックリストの構造

事業承継ガイドライン第3版参考資料4 p.83-85の契約書様式には、報酬基準額の4類型がチェックボックスで明示されている。

☐株式価額 ☐オーナー受取額 ☐企業価値 ☐移動総資産 ☐その他

この制度設計自体が、4類型の明示的選択を利用者に要求している。「レーマン方式」という呼称だけで押し切る運用は、この制度的要請と整合しない。

次稿への橋渡し

前編では、中企庁公式ツールのマクロロジック——4類型の定義、同一案件での試算、料率逓減の構造——を整理した。

後編では、この4類型を「誰がどの程度採用しているか」を扱う。中企庁アンケート(387者)とJMIリーグテーブル2024年度データ(成約実績あり829社)の両方で機関種別ごとの採用分布を確認すると、業態による明確な偏りが観察される。仲介・FAは株価レーマン、地方銀行は移動総資産レーマン、都市銀行は独自方式——方式選択は機関種別によって構造化されている。

経営者向け・契約前チェック

  • 「レーマン方式」「5%から」だけでは手数料は確定しない
  • 報酬基準額の4類型のどれが採用されているか確認する
  • 選択された方式で基準額が実際いくらになるか試算を依頼する
  • 最低手数料の有無・金額を確認する
  • 料率逓減テーブルの詳細を確認する

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」令和5年度調査。レーマン方式採用率84.1%は回答機関460者のうち387者に基づく。本稿ではp.16「報酬の内訳」およびp.23「レーマン方式の採用状況」を参照している。 

  2. 本稿の射程は成功報酬の計算方式に限定する。定額方式・月額報酬・タイムチャージは別稿で扱う。 

  3. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」サイト内の手数料計算ツール。報酬基準額4類型の公式定義と、料率逓減のデフォルト値を提供している。中企庁公式ツールの料率は「一つの例」として提示されており、実際の料率は機関により異なる。 

  4. 中小企業庁「事業承継ガイドライン第3版 参考資料」2023年発行。成功報酬の標準記載例(p.37)および契約書チェックリスト(p.83-85)に、報酬基準額の4類型が明示されている。 

  5. モデルケースの数字は切りのよい仮値であり、特定案件を想定したものではない。4類型の基準額の違いを具体数字で比較する目的で設計している。 

  6. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」2024年度。p.26「算定方式別の手数料率分析」では、算定方式別の散布図と「同規模案件でも手数料率に差」との公式指摘が示されている。