あなたの手数料は、なぜその率なのか——中小企業庁が初めて開示した実データを読む

M&Aの手数料に、初めて公的な実データの光が当たった。2026年3月17日、中小企業庁は中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)で、登録制度に報告された実績データに基づく手数料の初期的分析を公表した1。あわせて4月には、株式価値と手数料の公式簡易計算ツールが登録制度ホームページに公開されている2

JMIは本クラスタで、レーマン方式の4基準が手数料を2倍動かす構造機関種別ごとの方式採用の偏り実効料率がレーマン料率を上回る構造を整理してきた。今回の資料が持つ意味は、二つある。この構造を当局自身のデータが確認したこと。そして当局が、手数料を政策の対象として公式に問題化したことである。

この記事の要点

  • 「方式で手数料が動く」構造が実データで確認された——移動総資産レーマン採用機関の案件は、同規模でも高い傾向
  • 新しい発見は業態間の均質性——仲介の手数料率はおおむね26〜32%の帯に収まり、業態は方式を決めるが、率を決めない
  • 事務局は「どの算定方式が合理的か整理する必要」とまで踏み込んだ——手数料は解説の対象から政策の対象へ移った
  • 公式ツールが答えないこと——最低手数料・着手金・あなたの契約の実効料率は、依然として重要事項説明で確認する領域

1. 確認された構造——理論から実証へ

1.1 規模の逆進性は、純資産軸でも成立していた

分析の第一は、譲渡側の純資産(時価)規模別に見た手数料率——報酬金額を譲渡価額で除した値——の中央値である。5百万円超〜1千万円以下の案件で30.0%。以下、18.8%、13.6%、7.6%と階段状に下がり、5億円超で4.3%となる1

譲渡側純資産規模別の手数料率中央値——30.0%から4.3%への階段
図1 譲渡側純資産(時価)規模別の手数料率・中央値(中小企業庁 検討会第4回資料を基にJMI作成)

資料は主因を明記する。案件規模が小さくなると最低手数料が適用されるため、手数料率は高くなる傾向にある1前稿Ⅰ-3が譲渡額軸で示した構造——最低手数料という床が小規模案件の実効料率を跳ね上げる——が、純資産軸でも公的データで再確認された形である。なお、規模の小さい案件をエリア別に見ると大きな差はないが、東京大都市圏はそれ以外よりやや低い1

1.2 「方式で動く」も、実データで確認された

分析の第三は、算定方式別の比較である。移動総資産レーマン方式を採用する支援機関の案件は、譲渡価格が同程度でも、他方式を採用する機関の案件より手数料が高い傾向にある1

Ⅰ-1は、報酬基準額の選択次第で同一案件の手数料が2倍近く動くことを計算ロジックで示した。Ⅰ-2は、その基準選択に機関種別ごとの明確な偏りがあることを、届出データで示した。今回の分析は、この理論の帰結が成約実績の中に実際に現れていることの、当局による確認である。

ただし限定がある。この集計は各機関が登録制度へ届け出た算定方式別であり、個々の案件で実際に使われた方式別ではない1。それでも、理論・届出・実績の三層が同じ方向を指した意味は小さくない。

2. 新しい発見——業態は方式を決めるが、率を決めない

2.1 26〜32%の均質性

今回の分析で最も新しいのは、第二の発見である。仲介業務から得る手数料率(譲渡側・譲受側の合算)を支援機関の業態別に比較すると、大きな差分は見受けられず、おおむね26〜32%の帯に収まる1。M&A専門業者も、金融機関も、コンサルティング会社も——業態の看板は、仲介の手数料率をほとんど説明しない。

2.2 Ⅰ-2の構図と、どう両立するのか

この発見は、一見、本クラスタの既刊と緊張関係にある。Ⅰ-2は、業態が方式選好を規定し、方式が手数料水準に直結する構図を示した。業態で率が変わらないなら、あの構図は何だったのか。

両立の読み筋は三つある。第一に、粒度。今回の業態区分は4分類と粗く、方式による差は業態内の分散に埋もれうる。第二に、床。最低手数料が効く帯では、方式の理論差より床が実効値を規定する。第三に、調整。実現料率は減額協議等を経た成約値であり、理論差は実現の過程で圧縮されうる。

どの読みが正しいかを確定するデータは、まだ公開されていない。確かなのは、事務局自身がこの謎を放置しなかったことである——支援機関の種別ではなく、提供する業務内容に対する手数料の水準について議論する必要があるのではないか1。看板ではなく中身に値札を対応させよ、という問題提起である。

3. 手数料は、政策の対象になった

3.1 事務局の二つの踏み込み

今回の資料が本クラスタの既刊と決定的に異なるのは、分析の主体である。JMIを含む民間の整理ではなく、規制の設計者自身が、実データで構造を確認し、二つの問いを公式に立てた。

一つは前述の、業務内容に対する水準の議論。もう一つは踏み込んでいる——同規模の案件で手数料率に差が生じている現状を踏まえ、各算定方式が採用される背景や理由を明らかにし、どの算定方式が合理的かを案件の性質も勘案しつつ整理する必要があるのではないか1

手数料は、解説の対象から政策の対象へ移った。委員の意見は市場に委ねるべきとする立場から相場観の明確化を求める立場まで割れており3、次回以降の検討会の主戦場はここになる。

3.2 公式ツールの守備範囲——答えること、答えないこと

政策側の第一手が、4月に公開された二つの簡易計算ツールである2。株式価値ツールは登録制度の取引実績データを基に、業種と財務情報の入力で株式価値の参考値を四分位レンジで表示する。手数料ツールは、各レーマン方式による成功報酬の目安を算出する。

設計は禁欲的である。株式価値ツールの対象は黒字企業の株式譲渡に限られ、手数料ツールが算出するのは各レーマン方式の成功報酬のみで、着手金・中間金や定額方式は含まれない1

公式簡易計算ツールの守備範囲——答えることと答えないこと
図2 公式簡易計算ツールの守備範囲(登録制度HP・検討会第4回資料を基にJMI整理)

つまりツールは「構造の理解」に答え、「あなたの契約」には答えない。実効料率を決める床——最低手数料——はツールの外にあり、報酬基準額の別、着手金・中間金の内外、仲介の場合の相手方の手数料と併せて、契約締結前の重要事項説明で確認すべき変数として残る4。ツールで構造を掴み、重説で自分の契約の数字を確かめる——今回整った公的インフラの、正しい使い方はこの順序である。

30.0%と4.3%の間にあるのは業者の善悪ではなく、規模・方式・床の三変数である。その三変数を、当局が自らのデータで確認し、政策の遡上に載せた——2026年3月は、その転換点として記録されることになる。

RESOURCES

M&A支援機関リーグテーブル2024年度版——各機関の手数料体系(算定方式・最低手数料・着手金等)を機関別に掲載。

中小M&A実務大全 第4回(前編)——仲介とFAの違い・手数料構造の基礎を解説。

脚注


  1. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)資料2、2026年3月17日。手数料率は支援機関が各案件から得た報酬金額を当該案件の譲渡価額で除した値(中央値)。出所は「M&A支援機関登録制度 登録機関を通じた中小M&Aの集計結果」。 

  2. M&A支援機関登録制度ホームページ「株式価値の簡易計算ツール」「仲介・FA手数料の簡易計算ツール」(2026年4月20日公開)。 

  3. 中小企業庁「第4回中小M&A市場の改革に向けた検討会」議事要旨および議事録(2026年3月17日開催)。 

  4. 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」2024年8月、第2章Ⅱ(仲介契約・FA契約締結前の重要事項説明)。 

禁忌肢は、不適格な支援者を本当に見分けられるのか——サンプル問題が引いた一線

総得点が合格基準に達していても、不合格になる——中小M&A資格試験(仮称)の設計には、通常の検定試験と性格を異にする採点構造が組み込まれようとしている。禁忌肢である。

前稿では、倫理・行動規範が配点・科目別最低基準・禁忌肢の三重に守られた唯一の科目であることを確認した。本稿は予告のとおり、その三層目——禁忌肢そのものの設計を読む。

検討会の公表資料は、禁忌肢の判定構造から素材の選び方、設定が難しい場合の代替策までを既に具体化している1。同時に、委員からは実務の正誤判断は割れるという本質的な懸念も示された2。装置の可能性と限界の両方が、一次資料の中に書かれている。

この記事の要点

  • 総得点・科目別最低基準に続く第三の関門としての禁忌肢——合格点に達していても不合格となる唯一の判定構造
  • サンプル問題の解剖——通常の誤答(判断の甘さ)と禁忌肢(知っていて告げない)を分けるのは知識ではなく誠実性
  • 出題類型の供給源——情報提供窓口に蓄積するトラブル事例と、明文規範×固定的評価という成立条件
  • 「正誤が割れる」という委員の懸念と、守備範囲を限定する設計側の回答——狭さは欠陥ではなく設計

1. 「知識の誤り」と「適性の欠如」の間

1.1 合格点を無効にする仕組み

資格制度ワーキンググループ(WG)が示した設計では、禁忌肢は「それを正しいと理解することに大いに問題がある誤答肢」に設定される1。禁忌肢を含む設問を複数設け、その一定数を誤答した受験者は、総得点が合格基準に達していても不合格とする想定である1

通常の採点は、正答の積み上げで合格を判定する加点の構造を持つ。禁忌肢はこれと逆向きに働く。どれほど得点を積んでも、特定の選択肢を選んだ事実がそれを無効化する。知識の総量ではなく、越えてはならない一線を識別できるか。医師国家試験で採用されてきたこの仕組みが、業法を持たない支援業務の資格試験に持ち込まれようとしている。

この装置は、WGが独自に発案したものではない。前段の検討会において、全ての問題が等しく重要というわけではなくグラデーションがある、これを誤るだけで支援者としての適性が疑われる問題がありうる——という問題提起が先にあり、WGが判定の仕組みとして具体化した経緯を、資料は記録している1

中小M&A資格試験の合否判定の構造——総得点・科目別最低基準・禁忌肢の三つの関門
図1 合否判定の三つの関門——合格点に達していても不合格となる経路(検討会第4回資料を基にJMI作成)

1.2 サンプル問題が分けた、二種類の誤り

検討会資料に収録された禁忌肢のサンプル問題は、この装置が何を測ろうとしているかを示している1。仲介者の善管注意義務を問う設問で、譲渡側の経営者が譲受候補の履行能力やコンプライアンスに不安を抱えている状況が設定される。

禁忌肢とされた選択肢は、譲受候補の代表者と反社会的勢力との交友関係を把握していながら、成約を優先して依頼者に伏せたまま手続を進める、という対応である。資料はこれを、中小M&Aガイドラインの利益相反対応の規定に明らかに抵触する内容と注記する1

注目すべきは、同じ設問に並ぶ通常の誤答との距離である。追加の調査・検証を行わない。説明を手数料の説明に偏らせる。これらも誤答であるが、注意義務の程度を見誤った「判断の甘さ」の領域にある。

禁忌肢だけが質的に異なる。知っていて、告げない。誤りの本質が知識でも判断でもなく、依頼者に対する誠実性にある。禁忌肢が落とそうとしているのは知識の不足した受験者ではなく、規範との関係の持ち方に問題がある支援者である。

2. 出題類型——「一線」はどこから採られるのか

2.1 素材の供給源は、指定されている

どの行為が禁忌肢に採られるのか。個別の類型はまだ公表されていない。しかし素材の供給源は、設計の中で既に指定されている。WGの討議結果は、実際に支援機関と依頼者の間でトラブルに至った事例も参考に、中小M&Aガイドラインに明らかに違反する行為や、トラブルに繋がる確度が相当に高い行為を禁忌肢として設定すると明記した1

その供給源には、既に具体的な類型が蓄積している。M&A支援機関登録制度の情報提供窓口である。検討会資料が挙げる近年の事案には、重要事項説明を実施しないまま専任条項や中途解約違約金条項のある契約を締結する、専任条項がないにもかかわらずテール条項に基づく請求を行う、重要事項説明を対面で実施せず電話で済ませる——といった行為が並ぶ1

これらがそのまま出題されると断定することはできない。ただ、いずれもガイドラインの明文規定に照らして評価が固定される行為であり、後述する禁忌肢の成立条件を満たしている。

2.2 類型の共通項——知識では防げない行為

並んだ類型には共通項がある。いずれも、知識が不足しているために起きる行為ではない。重要事項説明の義務も、テール条項の趣旨も、ガイドラインを一読すれば分かる。それでも行われるのは、知らないからではなく、知った上で成約や利得を優先するからである。

サンプル問題の禁忌肢が「知っていて、告げない」であったことと、この共通項は正確に重なる。禁忌肢が想定する出題類型とは、知識問題の難問ではなく、誠実性と利得が衝突する場面の再現である。

3. 「正誤が割れる」という難所

3.1 委員が示した懸念

この設計には、検討会の内部から本質的な留保が付されている。第4回検討会では、M&A実務には直ちに正誤判断が難しい論点が含まれるため問題作成は慎重に判断する必要があるとの意見や、禁忌肢の設定には現場の実務を踏まえると正答・誤答の判断が難しいものもあるため実態把握が必要であるとの意見が示された2

実務の判断はグレーゾーンとなるケースが多く、正解を一つに絞りにくい——委員のこの指摘は、装置の急所を突いている。仲介・FA業務の相当部分は、複数の正解がありうる裁量の領域で行われる。裁量の領域に禁忌肢を置けば、試験は実務を裁く恣意的な装置になりかねない。

3.2 設計側の回答——守備範囲を狭くする

重要なのは、WGの討議結果がこの懸念への回答を先に用意していることである。禁忌肢の素材は、実際に支援機関と依頼者の間でトラブルに至った事例も参考としつつ、中小M&Aガイドラインに明らかに違反する行為や、トラブルに繋がる確度が相当に高い行為に限定する。誤答を誘導するような曖昧な内容ではなく、明確に問題がある内容とする——資料はここまで明記している1

つまり禁忌肢が成立するのは、明文の規範が存在し、かつ状況によって評価が変わらない行為に限られる。反社会的勢力の関与を知りながら告げない。重要事項説明を経ないまま専任条項付きの契約を結ばせる。無資格のまま独占業務の領域に踏み込む。一方で、価格の判断、交渉の進め方、スキーム選択の巧拙といった裁量の領域には、この装置は届かない。守備範囲は、狭い。

禁忌肢が届く領域と届かない領域の対比
図2 禁忌肢の守備範囲——明文規範の領域と裁量の領域(検討会第4回資料の設計方針を基にJMI整理)

そして、狭いことは欠陥ではなく設計である。委員の懸念と設計側の回答は、対立ではなく同じ結論を指している。禁忌肢は実務の裁量を裁く装置ではなく、裁量の外側にある最低限の一線を確定する装置として設計されている。

4. 狭い装置の、広い含意

4.1 下限の公定化として読む

守備範囲の狭さを踏まえてなお、この装置の含意は試験の内側にとどまらない。禁忌肢に選ばれる行為類型は、実際のトラブル事例を素材に、これを行えば支援者として退場級であると市場が公認する行為の目録として編まれていく。

依頼者である経営者の側から見れば、意味は明確である。これまで、支援機関の行為のうち何が許されない水準にあたるのかは、ガイドラインを読み込んだ者にしか判別しにくかった。禁忌肢の類型が蓄積されれば、越えてはならない一線が、試験問題という最も流通しやすい形式で明文化される。

第2章で見たとおり、素材は市場の実例から供給され、個別のトラブルの記録は試験を経由して次の抑止に還流する。目録は固定されたリストではなく、市場の現実に合わせて更新され続ける仕組みとして構想されている。

4.2 装置が変わっても、残るもの

なお、禁忌肢の導入自体はまだ確定していない。WGの委員意見には、禁忌肢という形式を取らずとも、倫理・行動規範のみ合格最低基準を高く設定する等の手法でメッセージ付けは可能であるとの見解も記録されている1。WG自身、作問技術やCBT方式の技術的問題により設定が難しい場合には、科目別最低基準の引き上げや該当設問の配点の加重という代替策を予め用意している1

装置の形式は、設計の内部でも相対化されていた。形式は可変であるが、倫理・行動規範を最も重視するというメッセージは形式に依存しない構造となっている。禁忌肢は目的ではなく、意思を運ぶ器の一つである。

受験者にとっての含意は、一つの逆説に集約される。禁忌肢に対する特別な対策は存在しない。明確に問題がある行為を、明確に問題があると識別する。それは暗記ではなく、規範がなぜ存在するかの理解そのものであるからである。倫理・行動規範という科目は、対策の立てようがないことによって、測りたいものを守っている。

試験の出題範囲・禁忌肢の取扱いは現状案の段階にあり、確定後に本記事の記載を更新する。

RESOURCES

資格試験演習(無料)——中小企業庁公表の試験科目一覧(現状案)42中項目に基づく210問。禁忌肢を含む模試モードを収録する。

JMI 中小M&A講座——中小M&A資格試験(仮称)対応の体系テキスト・練習問題336問・模擬試験120問。

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  1. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)資料2、2026年3月17日。 

  2. 中小企業庁「第4回中小M&A市場の改革に向けた検討会」議事要旨および議事録(2026年3月17日開催)。 

中小M&A資格試験は、支援の質を何で担保しようとしているのか

中小企業庁は2026年3月17日、中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)において、中小M&A資格試験の設計詳細を公表した1。CBT方式・120分・60問程度、合格基準は総得点の70〜80%程度——形式だけを見れば、標準的な知識検定の輪郭である。

しかし資格制度ワーキンググループ(資格WG)の討議結果を読み込むと、この試験は知識の量を測る装置としてではなく、支援者の規範を選別する装置として設計されていることが分かる。出題割合、科目別最低基準、そして禁忌肢。設計の細部に埋め込まれた意思を、一次資料から読み解く。

この記事の要点

  • 規律の対象が「行為」から「事業者」を経て「個人」へ移ってきた制度遷移の到達点として資格試験を位置づける
  • 倫理・行動規範は配点25%・科目別最低基準・禁忌肢の三重に守られた唯一の科目であり、設計の優先順位を体現する
  • 士業有資格者にも試験免除を設けない判断の3つの根拠
  • 資格が変えるもの(氏名公表型の規律・登録制度経由の浸透)と変えないもの(独占業務・任意性)の線引き

1. 規律の対象は「行為」から「人」へ

1.1 業法なき市場の規律装置

中小M&Aの仲介・FA業務には、宅地建物取引業法のような業法が存在しない。参入に免許は不要であり、行為を直接拘束する法律もない。この前提の下で、規律の装置は段階的に積み上げられてきた。

起点は2020年の中小M&Aガイドライン初版である。支援者が守るべき行為基準を文書として定めた。2021年にはM&A支援機関登録制度が始まり、ガイドライン遵守の宣言を要件として、市場に参加する事業者を登録・公表する仕組みが加わった。2024年のガイドライン第3版は、経営者保証をめぐるトラブルを受けて行為基準をさらに具体化している2

この系譜を規律の対象で見ると、明確な遷移がある。最初に律したのは行為(何をしてはならないか)、次が事業者(どの組織が市場にいるか)。そして資格試験と合格者登録制度——2025年8月の中小M&A市場改革プラン(中間とりまとめ)で方向性が示され、2026年3月に設計が具体化した——は、規律の対象を担当者個人(誰がこの業務を担うか)まで降ろす試みである。

中小M&A市場における規律対象の遷移(行為・事業者・個人)
図1 規律対象の遷移——行為基準から個人資格まで(中小企業庁公表資料を基にJMI作成)

1.2 なぜ個人に到達したのか

事業者単位の規律には構造的な限界がある。登録制度は機関を登録・取消しの対象とするが、実際に依頼者と向き合い、判断を下すのは個々の担当者である。機関がガイドライン遵守を宣言していても、担当者個人の知識と規範意識が伴わなければ、支援の質は担保されない。

検討会資料は、資格試験の運営主体を中小企業庁とし、合格者登録制度を一体運用する構想を示した1。倫理規程の遵守と定期講習の受講(1〜2年ごとを想定)を登録の継続要件とし、登録者はデータベースで氏名公表、倫理規程違反が認められる場合には氏名公表・取消し等を想定する1。業法を作らずに、個人のレピュテーションを規律の担保とする設計である。

2. 配点が語る設計の意思

2.1 出題割合の傾斜

資格WGが整理した試験科目は、M&A実務(中小M&A市場動向・中小企業政策を含む)、財務・税務、法務、倫理・行動規範の4科目である。出題割合には明確な傾斜が付けられた。M&A実務が35〜40%程度、倫理・行動規範が25%程度、財務・税務が20〜23%程度、法務が17〜18%程度となっている1

WGはこの傾斜の理由を、M&A実務と倫理・行動規範の重要度を考慮した結果と説明する1。実務知識が最大配点であることは検定として自然であるが、注目すべきは倫理の位置である。60問構成なら15問程度が倫理に割かれ、法務(10〜11問)を上回る。会社法や契約実務よりも、規範の理解に多くの設問を充てる配分となっている。

中小M&A資格試験の4科目出題割合
図2 試験科目別の出題割合と想定問数(検討会第4回資料を基にJMI作成)

2.2 倫理だけが三重に守られる

配点はしかし、設計の意思の一層目にすぎない。合格基準を読むと、倫理・行動規範は三重の構えで守られた唯一の科目であることが分かる。

一層目が前述の配点25%である。二層目は科目別最低基準で、総得点が70〜80%に達していても、特定科目の得点率が50%程度を下回れば不合格とする設計が示された1。倫理を捨てて実務と財務で稼ぐ、という受験戦略を遮断する仕組みである。三層目が禁忌肢であり、これは次章で述べる。

免除規定の扱いも、この文脈で読むと一貫している。WGは弁護士・公認会計士・税理士等の国家資格保有者に対しても、少なくとも立ち上げ期は試験免除を設けないと結論した1

理由は3点示されている。国家資格を有していてもM&A関連のすべての知識に精通しているわけではないこと(必要性)、免除対象となり得る科目は全体の一部で有資格者の負担は限定的であること(許容性)、免除規定にはCBT試験の設計・審査基準の整備コストがかかること(技術性)である1

士業であっても、この試験が測ろうとするもの——とりわけ倫理・行動規範——は別物として全員に課す。配点・最低基準・免除否定は、同じ一つの意思の三つの表現として読める。

倫理・行動規範科目を守る三重の仕組み
図3 倫理・行動規範を守る三重の構え(検討会第4回資料を基にJMI作成)

3. 禁忌肢——適性で落とす装置

3.1 排除装置としての位置づけ

三層目の防護が禁忌肢である。WGは、倫理・行動規範に著しく反するような支援者を排除する目的で、選択すること自体に大きな問題がある誤答肢を禁忌肢として設定し、複数の禁忌肢設問について一定数の誤答をもって不合格とする設計を示した1。医師国家試験で採用されてきた仕組みであり、知識の不足ではなく支援者としての適性を直接の不合格事由とする点で、通常の採点とは性格が異なる。

禁忌肢の素材には、実際に支援機関と依頼者の間でトラブルに至った事例を参考とすることが明記された1。さらにWGは、作問や試験システムの技術的制約で禁忌肢の設定が難しい場合の代替策——倫理科目の最低基準引き上げや配点の加重——まで予め用意している1。装置の形式が変わっても倫理重視の趣旨は維持する、という優先順位の表明である。

3.2 サンプル問題が示す出題の方向

検討会資料に収録された倫理・行動規範のサンプル問題は、出題の方向を具体的に示している。資格を持たない支援者が「適法に行えないもの」をすべて選ばせる形式で、無効な不動産譲渡をめぐる交渉の代行、契約外の無償税務試算、弁理士からの紹介料受領、懲戒処分の可否についての見解提示——いずれも実務で起こり得る行為が、独占業務違反として並ぶ1

知識として珍しい論点ではない。しかし日常業務の延長線上にある行為の中から越えてはならない線を識別できるか、を問う設計である。禁忌肢の閾値設計と出題類型の詳細は、稿を改めて論じる。

4. 資格は何を変え、何を変えないか

4.1 変えるもの——氏名と浸透経路

この制度が市場に持ち込む変化は2つある。第一に、個人名を単位とする規律である。合格者登録制度の構想では、登録者はデータベースで倫理規程を遵守する資格保有者として氏名公表され、違反時には氏名公表・登録取消し等の処分が想定されている1。担当者個人の規律状態が、依頼者から確認可能な公開情報になる。

合格者登録・管理制度のサイクル
図4 合格者登録・管理制度の構想(検討会第4回資料を基にJMI作成)

第二に、任意資格を事実上の標準へ押し上げる経路が、あらかじめ組み込まれている点である。検討会資料は、中小M&Aガイドラインにおいて、M&A支援機関登録制度の登録機関に対し、担当者への資格取得の推奨や、重要事項説明を資格保持者が行うことを求める方向の検討を明記した1

実現すれば、約3,400者の登録機関3にとって資格は人員配置の前提条件に近づく。受験は任意でも、登録制度というインフラを経由して資格が浸透する設計である。

4.2 変えないもの——独占業務と任意性

一方で、この資格が変えないものも明確である。検討会資料は、資格試験の合格が既存の業法に基づく独占業務の実施を可能とするものではないと明記する1。弁護士法第72条や税理士法第52条が定める独占業務の境界は動かない。資格保有者であっても、法律事務や税務相談を業として行うことはできない。

仲介・FA業務そのものへの業法規制も、現時点で決まっていない。資格は参入の要件ではなく、無資格でも業務は適法に行える。ガイドライン・登録制度・資格という三つの装置を組み合わせた「業法なき規律」が、どこまで業法の機能を代替できるか——初回試験の実施とその後の運用が、この設計の検証の場となる。

なお、依頼者である経営者の側から見れば、この制度は担当者個人の規律を確認する公的な手段が初めて整備されることを意味する。機関の登録の有無に加えて、目の前の担当者が資格を保有し登録を維持しているかが、依頼先選定の確認事項に加わる。経営者がこの資格をどう位置づけるべきかは、本クラスタの別稿で扱う。

試験の出題範囲は現状案の段階にあり、確定後に本記事の記載を更新する。

RESOURCES

資格試験演習(無料)——中小企業庁公表の試験科目一覧(現状案)42中項目に基づく210問。禁忌肢を含む模試モードを収録する。

JMI 中小M&A講座——中小M&A資格試験(仮称)対応の体系テキスト・練習問題336問・模擬試験120問。

試験情報の更新通知

正式名称・日程・出題範囲等の公的な発表があった際に、メールでお知らせします。制度に動きがあった時だけの配信です。

脚注


  1. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)資料2、2026年3月17日。 

  2. 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」2024年8月30日。 

  3. 中小企業庁 M&A支援機関登録制度の登録機関数はJMIリーグテーブル2024年度集計時点で3,396者。 

PBR・PER業種別倍率——3指標で立体化する「業種別の相場」(後編)

中小M&Aの「相場倍率」は、業種ごとのQ1〜Q3レンジとして存在する——前編で立てたこの結論を、本記事は3指標に拡張する。

EV/EBITDA倍率は、黒字企業の営業キャッシュ生成力を分母に置く指標である。それでは、赤字の年があった企業はどうか。資産を多く保有し、利益は薄いが安定している企業はどうか。中小M&Aの実務では、これらの企業も日常的に評価対象になる。

中小企業庁が公開している3指標——EV/EBITDA・PER・PBR——は、それぞれ異なる「分母」を持つ。3つを並べて読むことで、業種ごとの評価軸が初めて立体化する。本記事は、後編として3指標の役割分担と、業種別Q1〜Q3レンジの重ね方を整理する。

この記事の要点

  • EV/EBITDA・PER・PBRの3指標は「営業キャッシュ生成力/株主利益/資産」と分母が異なり、業種・財務構造ごとに適する起点指標が変わる
  • 中企庁2024年度のサンプル数は EV/EBITDA n=1,987/PER n=2,191/PBR n=2,830 と差があり、必要項目が少ない指標ほどカバレッジが広い構造になっている
  • 同じ業種でも指標により位置が変わる(例:医療・福祉は EV/EBITDA中位、PER最下位水準、PBR中位)。1指標だけ見ると業種を見誤る
  • 業種別倍率バンドは3指標を重ねると3つの「形」に類型化できる:全指標高(不動産・情報通信)/指標分裂(医療・福祉)/全指標低(製造・建設)
  • 業種別の「相場」は単一指標の中央値ではなく、3指標Q1〜Q3レンジの重ね合わせたバンドとして把握される
EV/EBITDA・PER・PBRの分母・適用範囲・サンプル数の比較
図1:3指標の役割分担——分母・適用範囲・サンプル数の対比

1. 3指標は何を測っているのか

1.1 EV/EBITDA・PER・PBRの分母の違い

3指標を並べると、何を測っているかが対比で見える。

指標 分母 適用範囲
EV/EBITDA 営業キャッシュ生成力(営業利益+減価償却費) 黒字企業
PER 株主帰属の純利益 黒字企業
PBR 純資産(簿価ベース) 赤字企業を含む

EV/EBITDAは事業の現金創出力を、PERは株主に帰属する利益を、PBRは資産バッキングを測る。3指標は重なるが同じではない。

1.2 中企庁ツールが3指標を併用する理由

中企庁の株式価値簡易計算ツールは、この3つを利用者に同時に提示する設計をとっている1。1指標ではなく3指標を並べる理由は、業種・財務構造によって適する指標が異なるためである。

利益が安定している業種ではPERが機能する。資産依存度が高い業種ではPBRが機能する。営業キャッシュ生成力が事業価値の本体である業種では EV/EBITDA が機能する。どれか一つに頼ると、業種特性によって過大・過小評価が生じる。

1.3 サンプル数差異が示す「中小M&Aのデータ欠損構造」

中企庁2024年度集計のサンプル数は、3指標で異なる2

EV/EBITDA n=1,987 / PER n=2,191 / PBR n=2,830

PBRが EV/EBITDAより843件多い。これは偶然ではなく、構造的な理由がある。EV/EBITDAは営業利益・減価償却費の両方が必要、PERは純利益が必要、PBRは純資産だけで算出できる。中小M&Aでは詳細な損益データほど報告が欠けるため、計算に必要な項目が少ない指標ほどサンプルが大きくなる。

PBRが最も広いカバレッジを持つ事実は、中小M&A全体を俯瞰する視点では PBR が起点になりうることを示している。

2. 業種別Q1〜Q3レンジ——3指標の重ね合わせ

11業種のEV/EBITDA・PER・PBRの中央値とQ1〜Q3レンジ比較
図2:業種大分類11業種の3指標比較。同じ業種でも指標により位置が変わる

2.1 PBR業種別レンジ

PBR全体は中央値1.3、Q1=0.7、Q3=2.5倍である2。業種大分類の主な値は次のとおり。

業種 中央値
製造業 1.0
建設業 1.1
医療、福祉 1.2
不動産業、物品賃貸業 1.6
情報通信業 2.4

業種中分類では、インターネット附随サービス業 中央値7.0倍印刷・同関連業 中央値0.4倍が両極に立つ2。PBRは業種特性をシンプルに反映する。

2.2 PER業種別レンジ

PER全体は中央値11.7、Q1=5.8、Q3=23.1倍である2

業種 n 中央値
医療、福祉 175 8.8
生活関連サービス、娯楽 76 9.8
製造業 385 10.7
建設業 389 11.3
情報通信業 159 13.9
不動産業、物品賃貸業 105 23.9

医療・福祉が低く出るのはPER特有の現象である。Q1=3.1という極端な数字は、規制業種(特に医療業 n=71、Q1=2.2)の評価圧縮を反映する2。EV/EBITDAでは医療・福祉の中央値は8.5倍と中位だが、PERでは最低水準になる。指標を変えると業種の順位が変わる

2.3 不動産業の3指標横断での突出

不動産業は3指標すべてで突出する。前編で扱ったEV/EBITDA中央値22.2倍(不動産賃貸業・管理業)に加え、PER中央値32.1倍、PBR中央値1.6倍と、3指標すべてで全体中央値を上回る2

これは外れ値ではない。安定キャッシュフローと資産バッキングを併せ持つビジネスモデルが、3指標すべての分母に対して高い倍率を許容する構造の現れである。3指標で同方向の動きが確認できることが、業種特性の実在を立証する。

3. 業種別倍率バンドの3つの「形」

業種別倍率バンドの3つの形—不動産・医療・製造の3指標の対比
図3:業種別倍率バンドの3つの形。3指標を重ねたときの形状で業種特性が見える

3.1 形①——3指標すべて高水準(不動産・情報通信)

不動産業は EV/EBITDA・PER・PBR すべてが全体中央値を上回る。情報通信業も EV/EBITDA中央値9.0倍、PER中央値13.9倍、PBR中央値2.4倍と、3指標すべて上振れする2

安定収益・資産バッキング型(不動産)と、成長期待・無形資産型(情報通信)は、起点の違いはあるが、3指標すべてが上振れする点で同じ「形」を持つ。

3.2 形②——指標により評価が分かれる(医療・福祉)

医療・福祉は EV/EBITDA中央値8.5倍(中位)、PER中央値8.8倍(最下位水準)、PBR中央値1.2倍(中位)と、指標を変えると評価が大きく変わる。EBITDAベースでは中位、PERベースでは下位、PBRベースでは中位という不均衡が生じる。

これは規制業種の特性である。利益率に規制圧力がかかるためPERは圧縮される一方、設備投資・退職給付引当などEBITDAから差し引かれる項目が大きいためEBITDAは相対的に小さく、結果としてEV/EBITDA倍率は中位に出る。1指標だけ見ると業種を見誤る典型例である。

3.3 形③——3指標すべて低水準(製造・建設)

製造業(EV/EBITDA中央値6.3倍、PER中央値10.7倍、PBR中央値1.0倍)と建設業(同 5.4倍、11.3倍、1.1倍)は、3指標すべてで全体中央値を下回るか同水準に位置する2

景気感応度の高さと参入障壁の低さが、3指標すべての分母に対して抑制的に働く構造である。

業種別の「相場」は、単一指標の中央値ではなく、3指標のQ1〜Q3レンジを重ね合わせた『バンド』として把握される。前編で示した「Q1〜Q3レンジで読む」の作法は、3指標で重ねることで、業種特性の輪郭を厚く描き出せる。

4. 実務でどう使い分けるか

4.1 業種・財務構造ごとの起点指標

実務では、業種・財務構造に応じて起点とする指標が変わる。黒字企業で利益・キャッシュフローが安定している場合は EV/EBITDA を起点とする。利益が黒字だがキャッシュフローのブレが大きい場合は PER を起点とする。赤字の年がある、または資産型ビジネスである場合は PBR を起点とする。

ただし、起点を決めても3指標すべてで業種別レンジを確認することが、過大・過小評価の予防策として機能する。

4.2 経営者・アドバイザーが交わすべき問い

経営者は、提示された倍率が3指標のうちどれかを確認する。アドバイザーは、案件の業種・財務構造に対して、なぜその指標を起点に選んだかを説明する。前編・後編を通じて示した中企庁データは、この対話の共通土台を提供している。

中央値ではなく業種別Q1〜Q3レンジ、1指標ではなく3指標の重ね合わせ。これが「業種別の相場」を読むときの最低限の作法である。


業種別の相場の輪郭を3指標で描いたあと、次に問われるのは、この相場のなかで実際に提示される倍率の質である。アドバイザーが営業キャッシュフロー、利益、資産のどれを起点に提示したか、なぜその指標を選んだかは、案件ごとの説明責任に直結する。

評価指標の議論は、その先で報酬構造の議論に接続する。倍率を提示する側のインセンティブ構造を抜きに、相場の議論は閉じない。

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」株式価値簡易計算ツール。3指標の併用設計に関する記述を参照。 

  2. 中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度版。EV/EBITDA・PER・PBR業種別集計(業種大分類11区分、業種中分類33区分)。 

中小M&Aに「相場倍率」は存在するか——EV/EBITDA業種別データから読む(前編)

経営者が事業承継を考え始めたとき、アドバイザーに最初に投げる問いは決まっている。「うちは、いくらですか」——あるいは「うちの業種で、相場はどのくらいですか」である。

この問いに対する答え方は、アドバイザーの力量を映す鏡となる。「相場は5倍から10倍くらいです」と即答する人もいれば、「決算書を見ないと何とも言えません」と濁す人もいる。どちらも誤りではないが、どちらも正確ではない。

中小企業庁が支援機関登録制度を通じて公表している統計データは、この問いに一つの座標を与える。EV/EBITDA倍率の業種別データを精査すると、「相場倍率」と呼ばれるものの輪郭が、想定とは異なる場所に立ち現れる。

本記事は前編として、EV/EBITDA倍率に絞ってこの問いに答える。後編ではPBRとPERを加え、3指標で業種別の相場を立体化する。

この記事の要点

  • 全業種のEV/EBITDA中央値7.3倍は印象的だが、Q1〜Q3で3.6倍〜15.5倍と4倍以上の幅を持ち、単一値で「相場」を語ることに無理がある
  • 中企庁データは任意報告中心の制度設計により、譲渡側のEV/EBITDA算出が可能な案件は全体の40.2%にとどまる構造的限界がある
  • 純資産規模別では「規模による明確な傾向はみられない」(中企庁公式)が、業種大分類11区分では5.1倍(生活関連サービス)〜19.6倍(不動産業)の構造が立ち現れる
  • 不動産業の突出は外れ値ではなく業種特性の反映で、後編で扱うPBR・PERでも同じ傾向が再現される
  • 「相場」の単位は全業種一律ではなく業種別Q1〜Q3レンジとして存在する。経営者は業種別レンジと案件の財務構造との位置関係を併せて確認すべきである
EV/EBITDA倍率の計算構造と中企庁ツールの設計選択
図1:EV/EBITDA倍率の計算構造と、中企庁ツールが採用しなかった要素

1. EV/EBITDA倍率とは何の数字か

1.1 営業キャッシュ生成力に対する評価倍率

EV/EBITDA倍率は、企業価値(Enterprise Value、EV)が営業キャッシュ生成力(EBITDA、営業利益+減価償却費)の何年分に相当するかを示す指標である。中小M&Aの実務では、簡易計算式として次の関係が用いられる。

株式価値 = (営業利益+減価償却費)× EV/EBITDA倍率 − (有利子負債 − 現預金)

中企庁が公開している株式価値簡易計算ツールも、この計算式を採用している1

1.2 中企庁が「年買法」を採用しなかったこと

中企庁の計算ツールが採用したのは、EV/EBITDA法・PER法・PBR法の3つである。業界の実務でしばしば用いられる「年買法」——時価純資産に営業利益の数年分を加算する手法——は、採用されていない1

公式解説には採否の理由は明記されていない。しかし、中小企業の評価において、営業利益の数年分という発想を、公的なツールが標準として採らなかった事実は重い。営業キャッシュ生成力に「業種別の倍率」を掛けるという、より構造化された方法が選ばれている。

1.3 何を捨て、何を残したか

中企庁ツールは、設計思想上いくつかの簡略化を行っている。非流動性ディスカウントは適用していない。解説本文では30%程度が一般的と注記しているにもかかわらず、ツール側では適用していない1。非支配株主持分の調整も行わない。対象は黒字企業の株式譲渡に限定される1

ここで重要なのは、これらの簡略化を行ったうえで、結果を中央値ではなくQ1〜Q3の範囲で表示している点である。特定値で「いくらです」と語らせない設計が、ツール全体に貫かれている。

2. 中央値7.3倍の独り歩き

2.1 全体集計の数字

中企庁の集計表は、譲渡側の倍率をQ1(下から25%地点)/中央値(50%地点)/Q3(下から75%地点)の3点で示している。中央値の前後に各25%ずつ、合わせて中央の50%の案件がQ1とQ3の間に収まる構造である。

2024年度の全業種を集計した結果は次のとおりである2

n=1,987 / Q1=3.6倍 / 中央値=7.3倍 / Q3=15.5倍

「中央値7.3倍」という数字は印象的である。しかし、Q1とQ3の幅は3.6倍から15.5倍——4倍以上の幅がある。

2.2 サンプルカバー率40%という前提

このn=1,987という分母は、譲渡側として報告された案件総数4,940件のうち40.2%にすぎない2。残り59.8%は、EV/EBITDA倍率を算出するに足る財務データが報告されていない。

中企庁データは、補助金交付案件は必須報告、それ以外は任意報告という制度設計をとっている2。中小M&Aの財務データ欠損率の高さは、制度自体が抱える構造的限界である。だからこそ、中央値という単一値で語ることには無理が生じる。

2.3 中央値だけを見ることの危険

実務上、利用者が「相場は7.3倍です」と単一値で受け取ると、大半の案件で実態と乖離することになる。Q1の3.6倍は中央値の半分以下である。Q3の15.5倍は中央値の2倍以上である。

中企庁が中央値を表立たせず、Q1〜Q3レンジで表示している設計は、この乖離リスクへの予防線として理解すべきである。中企庁の集計表自体が、そう語っている。

3. 「規模で決まる」ではなく「業種で決まる」

純資産規模別と業種大分類別のEV/EBITDA中央値の対比
図2:規模別では傾向が見えず、業種別で初めて構造が立ち現れる

3.1 純資産規模別では傾向が見えない

中企庁は、EV/EBITDA倍率を譲渡企業の純資産規模で12区分に分けて集計している3。代表値を抜粋すると次のとおりである。

純資産規模 n 中央値
5百万円未満 62 10.6
5千万〜1億 382 6.9
1億〜1.5億 193 6.2
2億〜3億 201 5.9
5億超 337 7.8

中央値は5.9倍から10.6倍の範囲に収まる。規模が大きくなるほど倍率が下がる、または上がる、という単調な傾向は見えない。中企庁公式解説も、このデータについて「規模による明確な傾向はみられない」と明記している3

3.2 業種大分類で初めて構造が見える

同じデータを業種大分類11区分に組み替えると、景色が変わる2

業種 n 中央値
生活関連サービス、娯楽 72 5.1
建設業 310 5.4
製造業 358 6.3
学術研究、専門・技術 125 6.5
運輸業、郵便業 95 7.1
卸売業、小売業 336 7.7
サービス業(分類外) 147 7.8
医療、福祉 150 8.5
情報通信業 153 9.0
宿泊業、飲食サービス 72 10.3
不動産業、物品賃貸業 107 19.6

最低値5.1倍と最高値19.6倍の差は約4倍となる。規模軸では見えなかった構造が、業種軸では明確に立ち現れる。

3.3 不動産業という突出値の読み方

不動産業の中央値19.6倍は、他業種から大きく離れている。業種中分類でさらに細かく見ると、不動産賃貸業・管理業(n=57)は中央値22.2倍であり、Q3は45.6倍に達する2

これは外れ値ではなく、業種特性の反映と読むべきである。安定したキャッシュフローと資産バッキングを持つビジネスモデルは、収益倍率が高く出やすい。後編で扱うPBRやPERでも同じ傾向が再現される。不動産業は3指標すべてで突出する2

逆に、生活関連サービス・娯楽(中央値5.1倍)や建設業(5.4倍)は低く出る。これらは景気感応度が高く、参入障壁が比較的低く、固定資産依存も限定的である。

業種ごとに、評価倍率の水準は構造的に異なっている。

業種大分類11業種のEV/EBITDA倍率Q1〜Q3レンジ
図3:業種大分類のQ1〜Q3レンジ。中央値だけでなく「幅」で読む

4. 「相場倍率は存在するか」への答え

4.1 相場の単位は業種別Q1〜Q3レンジである

冒頭の問い——「相場倍率は存在するか」——への本記事の答えは、次のとおりとなる。

全業種を通じた『相場倍率』は存在しない。中央値7.3倍はそれらしく見えるが、Q1〜Q3で4倍以上の幅を持ち、規模では分解できず、業種で初めて構造が見える数字である。

しかし、業種別のQ1〜Q3レンジとしての『相場』は存在する。建設業の中央値5.4倍と不動産業の19.6倍は、別物として扱われるべき数字である。

4.2 経営者が確認すべきこと、アドバイザーが説明すべきこと

経営者は、アドバイザーから「相場は◯倍です」と単一値で示された場合、それが業種別の何のレンジ上の値なのかを確認することが望ましい。アドバイザーは、業種大分類のQ1〜Q3レンジと、案件のEBITDA規模・財務構造との位置関係を併せて説明すべきである。

中企庁データは、この対話の共通土台を提供している。


EV/EBITDA倍率は、黒字企業の営業キャッシュ生成力を分母に置く指標である。赤字企業や、純資産が大きい資産型企業の評価には、PBR(純資産倍率)が必要になる。また、株主帰属の純利益に対する評価倍率としては、PERが用いられる。

3指標を並べて初めて、業種ごとの評価軸が立体化する。

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」株式価値簡易計算ツール。採用手法・計算式・設計上の簡略化に関する記述を参照。 

  2. 中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度版。EV/EBITDA倍率業種別集計(業種大分類11区分、業種中分類33区分)。 

  3. 同上、純資産規模別12区分集計。中企庁解説に「規模による明確な傾向はみられない」と記載。 

誰がどの基準を使うか——機関種別で見るレーマン方式

前編で示したのは、中小企業庁が2024年に公表した試算ツールに並ぶ「株価」「オーナー受取額」「企業価値」「移動総資産」の4類型が、同じ譲渡価額でも基準額を最大2倍以上に変えるという構造であった。残された問いは、「では、誰がどの基準を実際に使っているのか」である。

本稿は、中小企業庁の2024年度アンケート387者と、JMIリーグテーブル掲載829機関(中小企業庁登録機関のうち2024年度に成約実績がある全機関)の届出データを並列に検証する。両データはおおむね一致しつつ、機関種別ごとに明確な傾向の差を示している。

この記事の要点

  • 算定方法を開示している機関のうち、レーマン方式の採用率は中企庁・JMI両データとも約88%で、業界の事実上の標準である
  • 機関種別の方式選好には明確な偏りがあり、業態の経済構造を反映している
  • 金融機関は移動総資産レーマンへの選好が一貫し、特に地方銀行は66.5%と突出する
  • 仲介・FA・コンサル・税理士の4業態は株価レーマンが第1位で揃い、アドバイザー業態の暗黙の標準が形成されている

1. レーマン方式は業界の事実上の標準である

1-1. 採用率は両データで約88%

中小企業庁が2024年8月に公表した『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』によれば、登録機関を対象としたアンケートで成功報酬の算定方法を回答した387者のうち、84.1%がレーマン方式を採用している[1]

JMIがリーグテーブル掲載829機関について4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)の届出データを集計した結果でも、算定方法が記載された3,090コンテクストのうち、88.8%でレーマン方式が選択されている[2]。両データの採用率は同水準にある。

1-2. レーマンの中の選択がもう一段の論点

両データはレーマン方式が中小M&A市場の事実上の標準であることを示している。残る11〜16%は「定額」「その他(時間チャージ等)」が占めるが、絶対数は小さい。注意すべきは、この88%のレーマン採用機関の中で、どの基準額が選ばれているかである。

前編で示したとおり、レーマン方式は4基準のいずれを採用するかで、同じ譲渡価額でも基準額が最大2倍以上に変わる。基準額が変われば成功報酬も大きく変わる。「レーマン方式を採用していますか」という確認だけでは、実際の手数料水準は見えない。

ここからは、機関種別ごとにどの基準額が選ばれているのかを、中企庁アンケートとJMIデータの両方で検証する。

2. 中企庁アンケート387者は機関種別の偏りを示す

2-1. 全体傾向

中企庁アンケート(387者・回答率64%)では、レーマン採用機関全体での報酬基準額は、株価38.2%・移動総資産26.6%・オーナー受取額17.8%・その他9.6%・企業価値7.8%である[1]

全体集計だけ見ると「株価が4割弱で第1位、移動総資産が2割強で第2位」という分布に見える。実際、業界の標準像はおおむねこのように語られてきた。しかし機関種別ごとに分解すると、業態によって選好が大きく異なる。

2-2. 機関種別の主要傾向

中企庁アンケートを機関種別に分解すると、次の3類型が浮かぶ[1]

第1に、仲介(n=82)とFA(n=42)は株価レーマンが優位で、それぞれ47.4%、54.1%が株価を採用している。「アドバイザーは株価」という暗黙の標準が、サンプル数の限られたアンケートでも確認できる。

第2に、金融機関(n=63)は移動総資産レーマンが過半数(51.7%)を占め、業態として明確に異なる傾向を示している。融資業務との連続性、基準額に有利子負債を加算する経済合理性が背景にあると解釈できる。

第3に、士業系専門家は機関種別ごとにさらに分散している。税理士は株価が主流、公認会計士はオーナー受取額の比率が高め、中小企業診断士は株価が最多——というように、業態別に異なる選好を示している。

2-3. アンケートの限界

中企庁アンケートにはサンプル設計上の限界がある。回答率64%は政府アンケートとしては高いが、回答機関は自己申告であり、実際にすべての契約で当該方式を貫いているとは限らない[3]。また、サンプル数も機関種別によって偏りがある(金融機関63者・公認会計士9者・中小企業診断士5者など)。

そこで本稿では、JMIリーグテーブル掲載829機関の届出データを並列に検証することで、アンケートの傾向が「成約実績がある全機関」のレベルで再現できるかを確認する。

3. JMIリーグテーブル829機関の完全クロス集計

3-1. 集計方法

JMIリーグテーブルの掲載対象は、中小企業庁登録機関3,396のうち2024年度に成約実績がある829機関である。各機関には最大4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)があり、それぞれに算定方法と報酬基準額が届出されている。本集計では、レーマン方式が採用された2,743コンテクストを機関種別ごとに分解した[2]

このコンテクスト単位の集計は、市場で実際に提供されている方式の構成比に近い指標となる。一機関が複数の業務領域(譲渡側のみ/両側/仲介とFAの両方等)を提供している実態を反映できるためである。

3-2. 機関種別×方式別の分布

主要9機関種別の集計結果は次のとおりである[2]

機関種別×方式採用率のヒートマップ。9機関種別×5方式の構成比を一覧表示
Fig.1 JMIリーグテーブル829機関の機関種別×方式採用率(出典:JMIリーグテーブル2024年度・レーマン採用2,743コンテクスト)
機関種別 n機関 株価 オーナー受取額 企業価値 移動総資産 その他
M&A専門業者 – 仲介 284 46.2% 19.2% 6.4% 24.6% 3.5%
コンサルティング会社 115 47.2% 14.3% 14.5% 20.8% 3.3%
M&A専門業者 – FA 114 36.9% 24.2% 13.2% 19.3% 6.4%
金融機関 – 地方銀行 60 7.5% 4.6% 10.0% 66.5% 11.3%
士業等専門家 – 税理士 59 48.3% 24.6% 1.0% 22.2% 3.9%
金融機関 – 信金・信組 26 31.4% 27.5% 3.9% 32.4% 4.9%
士業等専門家 – 公認会計士 23 31.1% 21.6% 2.7% 44.6% 0.0%
士業等専門家 – 中小企業診断士 23 35.2% 31.9% 15.4% 13.2% 4.4%
金融機関 – 都市銀行 4 0.0% 0.0% 50.0% 0.0% 50.0%

3-3. 中企庁データとの対照

JMIデータと中企庁アンケートを対照すると、主要傾向は概ね一致する。仲介の株価優位(中企庁47.4%/JMI 46.2%)、FAの株価優位(中企庁54.1%/JMI 36.9%)、地方銀行の移動総資産選好(中企庁51.7%/JMI 66.5%)はいずれも同方向である。

中企庁387者とJMI829機関の方式採用率の対比棒グラフ。主要4機関種別で両データを並列表示
Fig.2 中企庁アンケート387者とJMI829機関の方式採用率対比(出典:中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』2024年8月/JMIリーグテーブル2024年度)

差が大きいのはFAと地方銀行である。FAは中企庁54.1%に対しJMIでは36.9%で17pt差、地方銀行は中企庁51.7%に対しJMIでは66.5%で15pt差。これらは、自己申告アンケート(中企庁・回答率64%)と全登録機関の届出データ(JMI・カバー率100%)という方法論の違いから生じる差と解釈できる。

4. データから見える業態構造の輪郭

4-1. 金融機関の「移動総資産」選好の連続性

第1の発見は、金融機関業態が移動総資産レーマンを一貫して選好している事実である。

地方銀行60行のレーマン採用コンテクスト239のうち、66.5%(159コンテクスト)が移動総資産を採用している[2]。次点の「その他レーマン」11.3%を遥かに上回る突出した集中である。

信金・信組26機関ではこの傾向はやや弱まり、移動総資産32.4%・株価31.4%・オーナー受取額27.5%でほぼ三分される。地方銀行ほどの一極集中ではないが、依然として移動総資産が第1位である。

都市銀行4行(みずほ、三井住友、三菱UFJ、りそな)はサンプル数が少ないが、独自設計が大半を占める。みずほ・三井住友・三菱UFJの3行は「その他レーマン」(公表4基準に当てはまらないカスタム逓減等)を採用し、りそなのみ企業価値レーマンを4コンテクストすべてで採用している[4]

地方銀行・信金・都市銀行という金融機関の3層は、規模が大きくなるほど標準ツールから離れて独自設計に向かう連続的なスペクトラムを形成している。共通するのは、移動総資産(基準額に有利子負債を加算)または企業価値(事業価値ベース)といった、基準額を大きく取る方向の方式選好である。融資業務との連続性、対象企業の財務構造を熟知する立場としての合理性が、業態的に表れているとみてよい。

4-2. アドバイザー類の同型性

第2の発見は、アドバイザー業態が株価レーマン優位で揃っている事実である。

仲介(株価46.2%)、FA(株価36.9%)、コンサルティング会社(株価47.2%)、税理士(株価48.3%)のいずれも、第1位は株価レーマンである。

第2位以下に若干の差はあるが(仲介は移動総資産24.6%、FAはオーナー24.2%、税理士はオーナー24.6%、コンサルは移動総資産20.8%)、いずれも株価レーマンを軸に、補完的な基準額として移動総資産またはオーナー受取額を組み合わせる構造となっている。

サービスの提供形態(仲介/FA)も、専門背景(士業/コンサル)も異なる4業態が、第1位の方式で揃っている事実は、アドバイザー業態に「株価レーマンが基本標準」という暗黙の合意が形成されていることを示唆する。譲渡側経営者の利益(株式譲渡対価)を主たるサービス対象とする業態として、株価ベースの基準額が業態的に適合する結果といえる。

4-3. 「その他レーマン」(独自カスタム)の散在

第3の発見は、業界全体の3.5%に留まる「その他レーマン」(公表4基準に当てはまらない独自設計)が、機関種別ごとに散在している事実である。

その他レーマン採用率の機関種別分布。全体平均3.5%を上回る業態を強調表示
Fig.3 「その他レーマン」採用率の機関種別分布(出典:JMIリーグテーブル2024年度・レーマン採用2,743コンテクスト)

弁護士16.7%、地方銀行11.3%、FA 6.4%、信金・信組4.9%——いずれも全体平均(3.5%)を上回る比率で「その他レーマン」が選択されている[2]。都市銀行に至っては、機関単位で4行中3行が独自設計である。

「同じレーマン方式」という業界用語の中には、4基準では捉えきれない独自の逓減設計が一定割合で存在している。経営者が見積を比較するときには、「レーマン方式の何基準か」だけでなく「料率と基準額の組み合わせの実体」を確認しなくてはならない理由がここにある。

5. 業態特性と実務上の確認事項

5-1. 業態の経済構造が方式選好を規定する

機関種別の方式選好が業態の経済構造を反映している、という構図がここまでの観察から見えてくる。

金融機関は融資業務の延長としてM&A業務を行うため、有利子負債を含めた基準額を採用する合理性がある。アドバイザー業態(仲介・FA・コンサル・税理士)は譲渡側経営者の利益を主たるサービス対象とするため、株価ベースの基準額が業態として適合する。中小企業診断士は経営コンサルティング背景から、企業価値やオーナー受取額にやや傾く分布となっている。

これらは「どの方式が正しいか」という議論ではない。業態として歴史的に形成された慣習が、データに表れているにすぎない。

5-2. 経営者が確認すべき項目

機関種別ごとに方式選好が異なるという事実は、譲渡側経営者にとって実務上の意味を持つ。

複数機関から見積を取る際、機関種別が異なれば標準的に提案される方式も異なる可能性が高い。「同じ譲渡価額の見込み」であっても、金融機関の見積では移動総資産ベースで、仲介・FAの見積では株価ベースで計算されている可能性がある。基準額の定義が異なれば、表面上の料率(5%・4%・3%等)が同じでも、最終的な手数料総額は大きく異なる。

経営者が見積比較で確認すべきは、最低でも次の3点である[5]

見積比較で確認すべき3点

  1. 算定方法:レーマン方式か、定額か、その他か
  2. 基準額の定義:レーマン方式であれば、株価・オーナー受取額・企業価値・移動総資産・その他のいずれか。その他であればどのような算式か
  3. 料率テーブルの逓減構造:5%/4%/3%/2%/1%か、独自設計か

3点の組み合わせで初めて、見積間の正確な比較が成立する。「レーマン方式です」という回答だけでは、手数料水準の見当はつかない。

5-3. 結びにかえて

中小M&A市場における手数料計算の実態は、「レーマン方式が業界標準」というラベルだけでは捉えきれない複層構造を持っている。前編・後編を通じて示してきたとおり、4基準の選択と機関種別の偏りが組み合わさることで、最終的な手数料水準は同じ譲渡価額でも大きく異なる。

経営者がこの構造を知っていれば、見積比較は「料率の数字」ではなく「基準額の定義」から始まる。アドバイザーがこの構造を整理して提示できれば、依頼者の納得は深まる。中小M&A市場が「質の市場」として成熟するために、報酬体系の透明化はこれからの論点である。

脚注

[1] 中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』(2024年8月)p.16「報酬の内訳」、p.23「レーマン方式の採用状況」。アンケート対象は登録支援機関、回答機関数387者、回答率64.0%。

[2] JMIリーグテーブル2024年度集計。データソースは『リーグテーブル_2024年度_v6_詳細統合.xlsx』「M&A支援機関データベース」シート(中小企業庁登録機関3,396、2024年度成約実績あり829機関)。集計方法は、各機関の最大4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)について、算定方法欄と報酬基準額欄を読み取り、レーマン採用2,743コンテクストを機関種別ごとに集計した。

[3] 中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』(2024年8月)p.5「調査の概要」。アンケート回答は2024年4月時点の自己申告であり、回答機関の実際の契約全件における方式採用を保証するものではない。

[4] 都市銀行4行(株式会社みずほ銀行・株式会社三井住友銀行・株式会社三菱UFJ銀行・株式会社りそな銀行)の届出データから集計。届出時点は2024年度。

[5] 中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)参考資料』(2024年改訂)pp.83-85「契約書チェックリスト」、および同『中小M&A市場の改革に向けた方向性について』(2024年)p.26「算定方式別手数料率分析」を参照。

中小M&Aの実効手数料率——レーマン料率と中企庁データの差が示すもの

中小M&Aの手数料は「レーマン方式・5%から」と案内されることが多い。しかし中小企業庁の公表データを見ると、実際の報酬率(実効手数料率)は譲渡価額帯によって異なる構造を持つ。譲渡価額5,000万円の案件では中央値16.6%、1億円の案件では13.3%——レーマン料率5%を+3〜12pt上回る水準である。一方、譲渡価額5億円を超えるとレーマン料率にほぼ収斂する。最低手数料の存在と料率逓減の組み合わせが、譲渡価額帯ごとに実効料率を規定している。本稿では、中企庁アンケート387者とJMIリーグテーブル2024年度(成約実績あり829社)のデータから、最低手数料の業界分布と、それが中小M&A主流帯の実効料率に与える影響を整理する。1

中小M&Aの実効手数料率——譲渡価額帯ごとの構造

譲渡価額区分別の実効料率

中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2は、譲渡価額区分別の報酬率(対価ベース)を公表している。2024年度のデータに基づく中央値は以下のとおりである。

  • 譲渡価額 5,000万〜1億円:16.6%
  • 譲渡価額 1〜1.5億円:13.3%
  • 譲渡価額 1.5〜2億円:10.1%
  • 譲渡価額 2〜3億円:8.3%
  • 譲渡価額 3〜5億円:6.1%
  • 譲渡価額 5億円超:4.3%

譲渡価額5,000万〜10億円の中小M&A主流帯のほぼ全域で、実効料率がレーマン料率(5億円以下5%)を上回っている。

レーマン料率との差

レーマン方式の料率逓減は、5億円以下5%、5〜10億円帯4%の標準形を採る(前編で詳述)。3 これと上記の実効料率を並べると、以下の差が見える。

  • 5,000万〜1億円:+11.6pt(レーマン5%との差)
  • 1〜1.5億円:+8.3pt
  • 1.5〜2億円:+5.1pt
  • 2〜3億円:+3.3pt
  • 3〜5億円:+1.1pt
  • 5億円超:-0.7〜+0.3pt(レーマン5%との差はほぼゼロ、レーマン4%との比較では微増)

中小M&A主流帯の大部分で、実効料率がレーマン料率を上回る構造が確認できる。

譲渡価額帯で構造が変わる

譲渡価額帯によって、実効料率とレーマン料率の差は明確に異なる。

  • 譲渡価額 5,000万〜3億円:最低手数料の影響が大きく、実効料率がレーマン料率を+3〜12pt上回る
  • 譲渡価額 3〜5億円:影響が漸減、実効料率はレーマン料率を+1pt程度上回る水準
  • 譲渡価額 5億円超:最低手数料の影響がほぼ消え、実効料率はレーマン料率に収斂

譲渡価額が大きくなるほど、実効料率はレーマン料率に収斂していく。このことは、中規模帯では最低手数料が実効料率を押し上げる役割を担い、大規模帯ではその役割が消えることを示している。

マイクロ帯の極端な例

参考として、譲渡価額500〜1,000万円のマイクロ帯では、報酬率の中央値が2022年度から2024年度まで50%前後で動かない現象が観察されている。中小M&A市場の主流帯ではないが、最低手数料の影響が極端に現れる象徴的な例として知られる。本稿の主対象は譲渡価額5,000万〜10億円の中小M&A主流帯であるため、マイクロ帯の詳細は扱わない。4

譲渡価額区分別の実効料率中央値とレーマン料率の比較
Fig.1 譲渡価額区分別の実効料率中央値(2024年度)とレーマン料率の比較

要点

  • 中小M&A主流帯(譲渡価額5,000万〜10億円)の実効料率中央値は4.3〜16.6%で、譲渡価額帯により大きく異なる
  • 譲渡価額5,000万〜3億円ではレーマン料率を+3〜12pt上回る
  • 譲渡価額5億円超でレーマン料率に収斂する
  • 譲渡価額が大きくなるほど、最低手数料の影響は漸減する

レーマン料率と実効料率の差は何が生むか

レーマン料率だけで考えたときの報酬額

前編で整理したとおり、レーマン方式の標準形は5億円以下5%、5〜10億円4%、10〜50億円3%の逓減構造となっている。譲渡価額1.5億円の案件にレーマン方式を適用すると、成功報酬は1.5億円 × 5% = 750万円となる。レーマン料率ベースの報酬率は5%である。

実際の報酬率は13.3%

中企庁データによれば、譲渡価額1〜1.5億円帯の実効料率中央値は13.3%である。1.5億円の案件で実効料率13.3%なら、報酬は約2,000万円となる。レーマン理論値750万円との差は約1,250万円、レーマン計算額の2.6倍である。

この差分を生む要因

中企庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」5 p.24には、以下の記述がある。

案件規模が小さくなると最低手数料が適用されるため、手数料率は高くなる傾向にある。

報酬額はレーマン計算額と最低手数料のうち高いほうが適用されるのが一般的な業界慣行である。最低手数料の業界中央値は500万円(機関により200〜2,000万円)であり、この金額が中規模帯の実効料率を押し上げている。

譲渡価額が大きくなるにつれてレーマン計算額が最低手数料を上回り、実効料率がレーマン料率に収斂していく。中企庁公式が公表した階層別の実効料率は、この構造を反映している。

要点

  • レーマン料率5%で計算した譲渡価額1.5億円の報酬は750万円
  • 実際の実効料率13.3%なら報酬は約2,000万円、レーマン理論値との差は約1,250万円
  • 最低手数料が中規模帯でも実効料率を押し上げている
  • 譲渡価額5億円超で初めてレーマン料率に収斂する

最低手数料の分布——中企庁とJMIの両データが示す構造

中企庁アンケート387者が示す分布

中小企業庁「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」1 p.20-21では、最低手数料を設定している385者のうち金額回答者374者の分布が公表されている。

  • 全体中央値:500万円
  • 機関種別の中央値:
  • 仲介(n=136):500万円
  • FA(n=44):500万円
  • 金融機関(n=84):1,000万円
  • 税理士(n=31):200万円
  • 公認会計士(n=10):200万円
  • 中小企業診断士(n=5):300万円
  • 経営コンサル(n=33):300万円

JMIリーグテーブル829社の完全集計

JMIリーグテーブル2024年度6は、中企庁登録支援機関のうち2024年度に成約実績のある829社を対象とする独自データセットである。各機関の4コンテクスト(FA譲渡/FA譲受/仲介譲渡/仲介譲受)で個別に最低手数料を集計した結果(延べn=2,746)、中央値は500万円で中企庁アンケートと一致している。

機関種別の中央値は以下のとおりである。

  • 仲介(n=1,093):1,000万円
  • コンサル(n=392):300万円
  • FA(n=383):500万円
  • 地方銀行(n=228):1,000万円
  • 税理士(n=214):200万円
  • 中小企業診断士(n=109):200万円
  • 信金・信組(n=104):400万円
  • 公認会計士(n=79):500万円
  • 金融機関その他(n=39):2,000万円
  • 都市銀行(n=7):2,000万円

両データから見える観察

全体中央値は両データで500万円で一致する。機関種別では、地方銀行の中央値1,000万円、士業系の200〜300万円という水準が両データで一致している。

一方、仲介の中央値は中企庁アンケート500万円に対してJMI集計で1,000万円と差がある。両データの性質差——中企庁は任意回答136者の自己申告、JMIは全成約実績機関の4コンテクスト延べ集計——による可能性が考えられる。JMIの集計には、譲渡側と譲受側で異なる金額を設定している機関の値が反映されている。

機関種別では、最低手数料が5倍の幅(士業系200万円〜都市銀行2,000万円)で分布している。最低手数料は、機関の業態と扱う案件規模を反映していると解釈できる。

最低手数料の機関種別分布——中企庁アンケートとJMIリーグテーブルの対比
Fig.2 最低手数料の機関種別分布——中企庁アンケート387者とJMIリーグテーブル829社の対比

要点

  • 最低手数料の全体中央値は中企庁とJMIで一致(500万円)
  • 機関種別では5倍の幅(士業系200万円〜都市銀行2,000万円)
  • 仲介の中央値は中企庁500万円とJMI1,000万円で差、両データの性質差による可能性
  • 最低手数料は機関の業態・扱う案件規模を反映している

モデルケース試算——譲渡価額1.5億円と5億円の2本並列

譲渡価額帯で構造が変わる様子を、2つのモデルケースで確認する。

モデルA:譲渡価額1.5億円(売上3〜10億クラス)

  • 譲渡価額:1.5億円
  • レーマン方式(5億以下5%)の計算額:1.5億円 × 5% = 750万円
  • 中企庁データ(1〜1.5億帯)の実効料率中央値:13.3%
  • 実効料率で計算した報酬:約2,000万円

機関別の最低手数料を最低手数料がそのまま適用された場合の計算上の参考値として並べると、以下のとおりとなる。7

  • 仲介(JMI中央値1,000万円):max(750万円, 1,000万円) = 1,000万円(6.7%)
  • 仲介(中企庁中央値500万円):max(750万円, 500万円) = 750万円(5.0%・レーマン優先)
  • FA(500万円):max(750万円, 500万円) = 750万円(5.0%・レーマン優先)
  • 地方銀行(1,000万円):max(750万円, 1,000万円) = 1,000万円(6.7%)
  • 税理士(200万円):max(750万円, 200万円) = 750万円(5.0%・レーマン優先)
  • 都市銀行(2,000万円):max(750万円, 2,000万円) = 2,000万円(13.3%)

計算上の報酬額は750万〜2,000万円の範囲で、機関種別により2.7倍の幅が生じる。

モデルB:譲渡価額5億円(売上20〜50億クラス)

  • 譲渡価額:5億円
  • レーマン方式の計算額:5億円 × 5% = 2,500万円(5億以下5%を全額適用)
  • 中企庁データ(3〜5億帯)の実効料率中央値:6.1%
  • 実効料率で計算した報酬:約3,050万円

機関別の最低手数料を同様に並べると、以下のとおりとなる。

  • 仲介(JMI中央値1,000万円):max(2,500万円, 1,000万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 仲介(中企庁中央値500万円):max(2,500万円, 500万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • FA(500万円):max(2,500万円, 500万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 地方銀行(1,000万円):max(2,500万円, 1,000万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 税理士(200万円):max(2,500万円, 200万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)
  • 都市銀行(2,000万円):max(2,500万円, 2,000万円) = 2,500万円(5.0%・レーマン優先)

どの機関でもレーマン計算額2,500万円が最低手数料を上回り、計算上の報酬額はほぼ同一になる。譲渡価額5億円で最低手数料の影響は構造的にほぼ消える。

モデルケース試算——譲渡価額1.5億円と5億円の2本並列、機関別の最低手数料との関係
Fig.3 モデルケース試算(計算上の参考値)——譲渡価額1.5億円と5億円の2本並列

2つのモデルが示す構造の違い

モデルAでは機関によって計算上の報酬額が750万〜2,000万円と2.7倍の幅が生じる一方、モデルBではどの機関でもレーマン優先で2,500万円に収束する。譲渡価額5億円が、最低手数料の影響が構造的に消える境界となっている。

ただし、両ケースとも中企庁データの実効料率(A:13.3%、B:6.1%)は、計算上の参考値と実務調整を経た成約案件の水準である。実際の報酬水準は個別案件で異なる。

計算上の参考値と実務の調整

上記の計算上の参考値は、あくまで最低手数料がそのまま適用された場合の金額である。実務では、案件の性質・規模に応じて以下の調整が行われるのが一般的とされる。

  • 最低手数料の減額協議
  • 着手金・中間金・成功報酬の組み合わせによる調整
  • 案件複雑性に応じた追加報酬の設定

中企庁データの実効料率は、こうした実務調整を経た成約案件の水準である。

要点

  • モデルA(譲渡価額1.5億円):機関別の計算上の報酬額は750万〜2,000万円(2.7倍の幅)——最低手数料が効く帯
  • モデルB(譲渡価額5億円):どの機関でもレーマン計算額2,500万円が適用——レーマン優先帯
  • 譲渡価額5億円で最低手数料の影響は構造的にほぼ消える
  • 実務では減額協議・契約形態の調整が行われるため、計算上の試算そのままにはならない

中小M&Aの経営者・アドバイザーの実務的含意

「レーマン5%から」表記の解釈

中小M&A仲介・FAの提案書では「レーマン方式・5%から」の表記が多い。この5%はレーマン計算額の初期料率であり、実効料率とは異なる。実効料率はレーマン計算額と最低手数料の組み合わせで決まり、譲渡価額帯によってレーマン料率との差が大きく変わる。

譲渡予想額ごとの注意点

譲渡予想額の帯ごとに、最低手数料の影響度は異なる。

  • 譲渡予想額5,000万〜1億円:実効料率13〜17%、レーマン料率の3倍水準。最低手数料の影響が最も大きい
  • 譲渡予想額1〜3億円:実効料率8〜13%、レーマン料率の1.6〜2.6倍。最低手数料の影響が中程度
  • 譲渡予想額3〜5億円:実効料率約6%、レーマン料率+1pt程度。最低手数料の影響は小さい
  • 譲渡予想額5〜10億円:実効料率4.3%、レーマン料率に収斂。最低手数料の影響はほぼない

経営者が確認すべきこと

提案書で「レーマン方式・5%から」の表記があっても、自社の譲渡予想額での実効料率を試算依頼することが判断の前提となる。最低手数料の金額と、案件規模に応じた調整余地を合わせて確認することが必要である。

譲渡予想額が3億円以下なら、複数機関から相見積もりを取り、機関種別ごとの最低手数料水準(士業系200〜500万円、仲介・FA500〜1,000万円、地方銀行1,000万円、都市銀行2,000万円)を把握した上で比較することで、実効料率の見通しが立つ。譲渡予想額が5億円を超えるなら、最低手数料の影響は小さく、方式選択(前編で扱った基準額4類型)や業務範囲・実績で機関を選ぶ判断軸が優先される。

経営者向け・中小M&Aで確認すべきこと

  • 自社の譲渡予想額での実効料率を試算依頼する(レーマン料率ではない)
  • 譲渡予想額5,000万〜3億円の帯では、実効料率は8〜17%の範囲で機関により異なる——最低手数料が効く帯
  • 譲渡予想額5億円超の帯では、最低手数料の影響は小さく、レーマン料率に収斂する
  • 機関種別ごとの最低手数料水準(士業系は低く、金融機関は高い)を把握する
  • 複数機関から相見積もりを取り、最低手数料と調整余地を合わせて確認する

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」令和5年度調査。回答機関460者のうち、最低手数料を設定している385者の金額回答者374者を対象とした分布がp.20-21に公表されている。 

  2. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度 登録機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度版。§5.7「株式譲渡額別報酬率」の譲渡価額区分別中央値を参照。 

  3. 本稿の前編「レーマン方式の4基準——『同じレーマン』で手数料が2倍動く構造」を参照。 

  4. 譲渡価額500〜1,000万円帯のマイクロM&Aはプラットフォーム系が主戦場となる別の市場セグメントであり、中小M&A主流帯とは異なる構造を持つ。本稿では参考として言及するにとどめる。 

  5. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」2024年度。p.24に「案件規模が小さくなると最低手数料が適用されるため、手数料率は高くなる傾向にある」との公式記述がある。 

  6. JMIリーグテーブル2024年度は、中小企業庁登録M&A支援機関3,396社のうち2024年度に成約実績のある829社を対象とする独自データセット。各機関の4コンテクスト(FA譲渡/FA譲受/仲介譲渡/仲介譲受)で個別に最低手数料を集計した延べ値(n=2,746)で分析している。 

  7. モデルケースの試算は、最低手数料がそのまま適用された場合の計算上の参考値である。実務では案件特性に応じて減額協議・契約形態の調整・案件選別が行われるのが一般的で、計算上の試算そのままの金額が請求されるわけではない。中企庁データの実効料率は、こうした実務調整を経た成約案件の水準である。 

レーマン方式の4基準——「同じレーマン」で手数料が2倍動く構造

中小M&A仲介・FAの成功報酬は「レーマン方式」と総称されることが多い。だがこの呼称の内部には、何を報酬基準額とするかで異なる4つの計算式が存在する。中小企業庁の公式計算ツールは、この4類型を並列で示している。同一案件でも基準額の選択によって、成功報酬が最大で約2倍動く。本稿では公式資料に基づき、レーマン方式の内部構造——4類型の定義・料率逓減・実際の試算——を整理する。

この記事の要点

  • 「レーマン方式」は単一の計算式ではなく、報酬基準額の4類型(株価/オーナー受取額/企業価値/移動総資産)の総称である
  • 4類型は累加的に構成要素が増える設計で、業界全体の84.1%がレーマン方式を採用するが、その内訳は4類型に分かれている
  • モデルケース試算では、同一案件であっても基準額の選択により成功報酬が最大1.9倍動く
  • 事業承継ガイドライン第3版参考資料の契約書様式は、報酬基準額の4類型をチェックボックスで明示する構造となっている
  • 中企庁公式は「どの算定方式が合理的か整理する必要がある」と問題提起しており、特定方式を「正解」と断じる記述は存在しない

レーマン方式とは何か——中企庁公式が並列する4類型

成功報酬の計算式:基準額 × 料率

中小M&A仲介・FAの報酬体系は、着手金・中間金・月額報酬・成功報酬・最低手数料の組み合わせで構成される。このうち成功報酬は、案件成約時に支払われる報酬の本体である。

成功報酬の算定は、報酬基準額に料率を乗じる形式が業界標準となっている。中小企業庁アンケート1によれば、レーマン方式を採用している支援機関は全体の84.1%に及ぶ。本稿の射程はこの成功報酬の計算方式に限定する。着手金・中間金・月額報酬・タイムチャージは別の論点として扱う。2

最低手数料の存在にも触れておく。レーマン計算額が最低手数料を下回る場合、最低手数料が適用されるのが一般的な業界慣行である。最低手数料の業界分布と、それが実効手数料率に与える影響は次稿で扱う。

基準額の4類型

「レーマン方式」という呼称は単一の計算式を指していない。中小企業庁の公式計算ツール3および「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」1は、報酬基準額として4つの類型を並列で示している。

  1. 株価レーマン:株式価額
  2. オーナー受取額レーマン:株式価額 + 役員借入金
  3. 企業価値レーマン:株式価額 + ネット有利子負債(有利子負債 − 現預金等)
  4. 移動総資産レーマン:株式価額 + 有利子負債 + その他の負債

4類型は累加的に構成要素が増える設計となっている。最も基準額が小さいのは①株価レーマン、最も大きいのは④移動総資産レーマンである。

レーマン方式 報酬基準額の4類型の構成要素比較
Fig.1 報酬基準額の4類型——構成要素の比較

料率逓減の一般的な形

料率は、報酬基準額の大きさに応じて段階的に下がる「逓減構造」を採用するのが一般的である。事業承継ガイドライン第3版参考資料4が示す標準形、および中企庁公式計算ツールのデフォルト料率は以下のとおりである。

  • 5億円以下:5%
  • 5億円超〜10億円以下:4%
  • 10億円超〜50億円以下:3%
  • 50億円超〜100億円以下:2%
  • 100億円超:1%

計算は積み上げ式で行われる。例えば基準額が7億円の場合、5億円までに5%(2,500万円)、5〜7億円の2億円に4%(800万円)が適用され、合計3,300万円となる。

4類型の公式採用状況

中企庁アンケート(回答者387者)における4類型の採用率は以下のとおりである。

  • 株価レーマン 38.2%
  • 移動総資産レーマン 26.6%
  • オーナー受取額レーマン 17.8%
  • その他 9.6%
  • 企業価値レーマン 7.8%

「レーマン方式」と一括りに呼ばれてきたが、業界内では4類型が実質的に並存している。契約書・提案書では、この4類型のどれが採用されているかを確認する必要がある。事業承継ガイドライン第3版参考資料4の契約書チェックリスト(p.83-85)にも、報酬基準額の4類型がチェックボックスで明示されている。機関種別ごとの採用傾向は後編で扱う。

要点

  • 「レーマン方式」は単一の計算式ではなく、報酬基準額4類型の総称である
  • 4類型は中小企業庁の公式計算ツールで並列されている
  • 全体の84.1%がレーマン方式を採用するが、その内訳は4類型に分かれる
  • 契約書では基準額の類型をチェックボックスで明示する制度となっている

基準額の違いが生む手数料差——同一案件での4方式試算

モデルケース:中規模製造業の株式譲渡

4類型の違いが実際の手数料にどう表れるかを、モデルケースで確認する。

譲渡価額2億円の中規模製造業を想定する。役員借入金3,000万円、有利子負債1億円、現預金等5,000万円、その他負債8,000万円という財務構成を設定する。年商3〜10億、営業利益5,000万〜1億規模の中規模中小企業を想定した切りのよい仮値であり、特定案件を想定したものではない。5

4方式それぞれの基準額計算

同一案件に対して、4類型の基準額は以下のように計算される。

  • ①株価レーマン:2億円
  • ②オーナー受取額レーマン:2億円 + 3,000万円 = 2.3億円
  • ③企業価値レーマン:2億円 +(1億円 − 5,000万円)= 2.5億円
  • ④移動総資産レーマン:2億円 + 1億円 + 8,000万円 = 3.8億円

同じ案件でありながら、基準額は2億円から3.8億円まで、1.9倍の幅で動く。

手数料額の比較

4類型のいずれも5億円以下の帯に収まるため、料率5%が適用される。それぞれの成功報酬は以下のとおりとなる。

  • ①株価:2億円 × 5% = 1,000万円
  • ②オーナー受取額:2.3億円 × 5% = 1,150万円
  • ③企業価値:2.5億円 × 5% = 1,250万円
  • ④移動総資産:3.8億円 × 5% = 1,900万円

最大(④移動総資産)と最小(①株価)の差は900万円、約1.9倍である。

モデルケース試算——譲渡価額2億円の中規模案件における4方式の手数料比較
Fig.2 モデルケース試算——基準額の選択が手数料を最大1.9倍動かす

この差が実務で意味すること

同じ「レーマン方式」「料率5%」で契約しても、どの基準額を採用するかで手数料が1.9倍動く。この差は料率の違いではなく、基準額の選択から生まれる。

中企庁公式ツール3が4類型を並列で示す背景には、利用者側の比較を可能にする意図があると考えられる。報酬の交渉は料率のみで完結せず、基準額の類型そのものが交渉対象となる。

要点

  • モデルケース(譲渡価額2億円)で、4方式の手数料は1,000万円〜1,900万円の範囲で動く
  • 最大と最小の差は900万円、約1.9倍
  • この差は料率の違いではなく基準額の選択から生まれる
  • 「レーマン方式」「料率5%」という表記だけでは手数料は確定しない

料率逓減の構造と実際の散らばり

逓減テーブルの標準形

先に示した料率逓減テーブル(5億円以下5%→100億円超1%)は、中企庁公式計算ツール3のデフォルト料率であると同時に、事業承継ガイドライン第3版参考資料4 p.37の「成功報酬の標準記載例」としても提示されている。積み上げ式の計算構造は両資料で一致している。

「基準額が大きくなるほど料率が下がる」設計

逓減構造は、大規模案件の手数料が過大にならない調整として機能する。ただし逓減の適用は基準額に対して行われるため、基準額の選択次第で逓減の効き方自体が変わる。

前節のモデルケースでは、4類型の基準額がすべて5億円以下の帯に収まったため、4類型とも同じ5%が適用された。しかし基準額が5億円を超える案件では、構成要素の範囲が広い方式ほど高い階層の料率が適用されなくなる場面が生まれる。基準額の選択は、料率逓減の効き方にも影響を与える。

中企庁公式が示す実際の散らばり

中小M&A市場の改革に向けた方向性について6 p.26には、算定方式別の手数料率を分析した散布図が掲載されている。同資料では、同規模の案件であっても算定方式により手数料率に差が生じていることが指摘されている。特に譲渡価額3億円未満の帯では、移動総資産レーマン採用機関の手数料率が他方式採用機関より高い傾向にあると報告されている。

中企庁公式は、この現象に対して次のように問題提起している。

同規模の案件であっても、手数料率に差が生じている現状を踏まえ、各算定方式が採用される背景や理由を明らかにして、どの算定方式が合理的かについて、案件の性質も勘案しつつ、整理する必要がある。6

中企庁自身が、算定方式の合理性整理の必要性を公式に認めている。特定方式が「正解」と断じる記述は公式文書には存在しない。

料率逓減テーブルと算定方式別の実際の手数料率散布図
Fig.3 料率逓減の標準形と、算定方式が生む実際の手数料率の差

要点

  • 料率の標準形は5億円以下5%から100億円超1%への逓減
  • 逓減は基準額に対して適用されるため、基準額の選択が逓減構造の効き方に影響する
  • 中企庁公式統計は、同規模案件でも算定方式により手数料率に差があることを示している
  • 中企庁自身が「どの算定方式が合理的か整理する必要がある」と問題提起している

契約書・提案書で確認すべきこと

「レーマン方式」表記の内訳を確認する

見積書・提案書に「レーマン方式」「5%から」と記載されている場合、それだけでは手数料は確定しない。確認すべき項目は以下のとおりである。

  • 報酬基準額の類型(4類型のどれか)
  • 料率逓減テーブルの詳細
  • 最低手数料の併用有無・金額
  • 着手金・中間金の有無と金額

最低手数料が適用されるかどうかは案件規模により異なる。最低手数料の業界分布と、それが実効手数料率に与える影響は次稿で詳述する。

契約書チェックリストの構造

事業承継ガイドライン第3版参考資料4 p.83-85の契約書様式には、報酬基準額の4類型がチェックボックスで明示されている。

☐株式価額 ☐オーナー受取額 ☐企業価値 ☐移動総資産 ☐その他

この制度設計自体が、4類型の明示的選択を利用者に要求している。「レーマン方式」という呼称だけで押し切る運用は、この制度的要請と整合しない。

次稿への橋渡し

前編では、中企庁公式ツールのマクロロジック——4類型の定義、同一案件での試算、料率逓減の構造——を整理した。

後編では、この4類型を「誰がどの程度採用しているか」を扱う。中企庁アンケート(387者)とJMIリーグテーブル2024年度データ(成約実績あり829社)の両方で機関種別ごとの採用分布を確認すると、業態による明確な偏りが観察される。仲介・FAは株価レーマン、地方銀行は移動総資産レーマン、都市銀行は独自方式——方式選択は機関種別によって構造化されている。

経営者向け・契約前チェック

  • 「レーマン方式」「5%から」だけでは手数料は確定しない
  • 報酬基準額の4類型のどれが採用されているか確認する
  • 選択された方式で基準額が実際いくらになるか試算を依頼する
  • 最低手数料の有無・金額を確認する
  • 料率逓減テーブルの詳細を確認する

脚注


  1. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」令和5年度調査。レーマン方式採用率84.1%は回答機関460者のうち387者に基づく。本稿ではp.16「報酬の内訳」およびp.23「レーマン方式の採用状況」を参照している。 

  2. 本稿の射程は成功報酬の計算方式に限定する。定額方式・月額報酬・タイムチャージは別稿で扱う。 

  3. 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」サイト内の手数料計算ツール。報酬基準額4類型の公式定義と、料率逓減のデフォルト値を提供している。中企庁公式ツールの料率は「一つの例」として提示されており、実際の料率は機関により異なる。 

  4. 中小企業庁「事業承継ガイドライン第3版 参考資料」2023年発行。成功報酬の標準記載例(p.37)および契約書チェックリスト(p.83-85)に、報酬基準額の4類型が明示されている。 

  5. モデルケースの数字は切りのよい仮値であり、特定案件を想定したものではない。4類型の基準額の違いを具体数字で比較する目的で設計している。 

  6. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」2024年度。p.26「算定方式別の手数料率分析」では、算定方式別の散布図と「同規模案件でも手数料率に差」との公式指摘が示されている。