「M&A業者は星の数ほどいるが、どこに頼めばいいのかわからない」——第三者承継を検討するオーナー経営者から、最も多く聞かれる悩みのひとつである。中小企業庁のM&A支援機関登録制度には、2026年3月時点で約3,400者が登録しており、そのうちM&A専門業者(仲介者・FA)は約1,200者にのぼる[1]。選択肢は十分にある。問題は、どの基準で選ぶかである。
実績年数、手数料の安さ、得意業種——これらは確かに選定要素の一部ではあるが、本質ではない。中小企業庁は2025年4月、『中小M&A専門人材(個人)向け 使命、倫理・行動規範、知識スキルマップ』を公表した[2]。
この一次情報を手がかりに、「信頼できる専門家」を判断するための本質的な基準を2回に分けて提示する。前編では市場の構造と「使命」という上位概念を、後編では倫理・行動規範の具体的チェックポイントと実務的な確認事項を扱う。
この記事の要点
- 中小M&A市場は2021年のM&A支援機関登録制度創設を転機に健全化が進み、2026年3月時点で約3,400者の支援機関が登録済み
- M&A専門家は「仲介者」と「FA」に大別され、契約形態により負う義務と利益相反リスクが構造的に異なる
- 中小企業庁は専門家の要件を「使命」「倫理・行動規範」「知識・スキル」の3層で定義
- M&A成立そのものは目的ではなく、承継後の事業継続・成長に資する支援こそが専門家の使命
1. なぜ今、M&A専門家の「質」が問われているのか
市場拡大と登録制度の創設
中小M&A市場はこの10年で急速に拡大した。後継者不在に悩む中小企業が第三者承継に活路を見出す一方、支援する専門業者の数も急増した。しかし量の拡大は必ずしも質の向上を意味しない。高額な手数料の請求、一方的な契約条件の押し付け、M&A後のトラブル——中小企業庁の情報提供窓口には、そうした声が少なからず寄せられてきた[3]。
こうした市場の実態を踏まえ、中小企業庁は2021年8月、「M&A支援機関登録制度」の運用を開始した。中小M&Aガイドラインの遵守を宣言した支援機関を登録する仕組みで、2026年3月時点で約3,400者が登録されている[1]。
内訳を見ると、M&A専門業者の仲介業務が最多の約803者、次いでコンサルティング会社約626者、税理士約507者、M&A専門業者のFA業務約377者と、多様な主体が市場に参入している[1]。
重要なのは、この制度が単なる登録名簿ではないという点にある。事業承継・M&A補助金の専門家活用枠において、FA・仲介手数料は登録機関への支払分のみが補助対象となる[1]。補助金という経済的インセンティブを通じて、登録制度への参加が事実上の標準となった。加えて、登録要件を満たさなくなった事業者には登録の取消しが実施されており、制度は自律的な品質維持機能を備えている[1]。
資格制度の創設という次の一手
中小企業庁はさらに踏み込んだ施策として、中小M&A資格制度の創設を検討している。2025年4月に公表されたスキルマップを基に試験制度を設計し、合格者登録制度と一体運用することで、個人レベルでの知識・倫理の底上げを図る構想である[4]。試験科目は「M&A実務」「財務・税務」「法務」「倫理・行動規範」の4科目で、倫理・行動規範の問題については禁忌肢(選択すると不合格となる選択肢)の設定も検討されている[4]。
この流れが示すのは、中小M&A業界が「実績年数や手数料の安さで選ぶ時代」から「使命・倫理・知識で評価される時代」へ移行しつつあるという事実である。選ぶ側のオーナー経営者も、判断軸をアップデートする必要がある。
2. まず理解すべき構造——仲介者とFAの決定的な違い
2つの業務形態
M&A専門家を選ぶ前に理解しておかなければならないのが、「仲介者」と「FA(ファイナンシャル・アドバイザー)」という2つの業務形態の違いである。両者は似た業務を提供するが、依頼者との契約関係と負うべき義務の構造が根本的に異なる[5]。
仲介者は譲渡側・譲受側の双方と契約を締結し、通常は双方から手数料を受け取る。両当事者の共通目的であるM&Aの成立に向けて助言・調整を行う立場である[5]。円滑にディールを進めたい場合に適しており、中小M&Aでは最も一般的な形態である。
一方、FAは一方当事者のみと契約を締結し、その依頼者からのみ手数料を受け取る。依頼者の意向を踏まえ、依頼者にとって最も有利な条件でのM&A成立を目指す[5]。譲渡額の最大化を重視する場合や、株主等への説明責任から利益相反のおそれを排除する必要がある場合に適する形態である。
選定への含意
この構造的な違いは、選定の出発点となる。どちらが優れているという話ではなく、自社の状況と目的に照らしてどちらの形態が適切かを判断する必要がある。そして、どちらを選ぶにせよ、専門家が負う義務を理解しておくことが、後の「何を確認すべきか」の基準となる。
3. 専門家の「使命」——何のために存在するのか
3層構造の全体像
中小企業庁は、中小M&A専門人材の要件を3つの層に整理している。上位概念としての「使命」、中位概念としての「倫理・行動規範」、下位概念としての「知識・スキル」である[2]。
使命の核心——成立ではなく承継後の成功
このうち最上位に位置する「使命」について、中小企業庁は次のように定義している。M&Aに係る専門的知見と高い倫理観を基に、質の高いマッチングとM&Aプロセスの着実かつ円滑な実行を支援することにより、依頼者の利益の実現を図るとともに、事業の継続・成長を通じて国民経済の発展に寄与する[2]。
この定義が含意するのは、中小M&A専門家が単なる取引仲介者ではなく、依頼者の利益と社会的意義の両立を担う専門職であるという認識である。
ここには重要な含意がある。M&Aの成立そのものは目的ではなく、手段である。成立後に事業が継続・成長してこそ、支援は成功と評価される。したがって、「とにかく成約させる」姿勢は使命に反する。
この視点は、倫理・行動規範の条文にも明確に反映されている。顧客利益の優先に関する条文では、成立後の事業の成功につながるマッチングや調整を実施すべきであり、M&Aの成立のみを目的とした支援は行うべきでない旨が明記されている[2]。成立件数やスピードを誇る専門家が必ずしも「良い専門家」ではない理由は、ここにある。
前編のまとめと後編予告
前編では、中小M&A市場の健全化の動きと、専門家選定の出発点となる基礎構造を整理した。要点は3つである。
第一に、中小M&A市場はM&A支援機関登録制度と資格制度創設の動きを通じて、「実績と手数料で選ぶ時代」から「使命・倫理・知識で評価される時代」へ移行しつつある。第二に、専門家は「仲介者」と「FA」という構造的に異なる立場に分かれており、自社の状況に応じた選択が必要である。第三に、専門家の本質的な使命は「成立させること」ではなく「承継後の事業継続・成長に資する支援を提供すること」にある。
後編では、これらの基礎理解の上に、倫理・行動規範48項目から抽出した5つの具体的チェックポイントを提示する。利益相反管理、顧客利益の優先、契約・手数料の透明性、情報管理、不適切な譲受側の排除——これらを自社の候補先にどう当てはめるか、そして最初の面談で何を質問すべきかを、実務的な観点から解説する。
連載「中小M&A実務大全」のロードマップ
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参考文献
[1] 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」(2021年運用開始)
https://ma-shienkikan.go.jp/ 登録機関データベース:https://ma-shienkikan.go.jp/search 情報提供受付窓口:https://ma-shienkikan.go.jp/inappropriate-cases (参照:2026年4月9日)
[2] 中小企業庁『【中小M&A専門人材(個人)向け】使命、倫理・行動規範、知識スキルマップ』(2025年4月)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/skills-map.pdf (参照:2026年4月9日)
[3] 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(2026年3月)
(情報提供受付窓口および事業者ヒアリングに寄せられた声を引用)
[4] 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた検討会」資料「市場の健全化に向けた資格制度の創設」および「資格WGの討議結果」(2026年3月)
[5] 中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』第1章 3(2)-1「仲介者・FAを選定する場合」
https://www.meti.go.jp/press/2023/09/20230922004/20230922004-b.pdf (参照:2026年4月9日)
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*本記事は中小企業庁が公表する公的資料に基づいて作成している。実際のM&A専門家選定および契約に関する判断は、複数の専門家からのセカンド・オピニオン取得、および弁護士・税理士等の独立した士業専門家への相談を経て行うことを推奨する。*