前編で示したのは、中小企業庁が2024年に公表した試算ツールに並ぶ「株価」「オーナー受取額」「企業価値」「移動総資産」の4類型が、同じ譲渡価額でも基準額を最大2倍以上に変えるという構造であった。残された問いは、「では、誰がどの基準を実際に使っているのか」である。
本稿は、中小企業庁の2024年度アンケート387者と、JMIリーグテーブル掲載829機関(中小企業庁登録機関のうち2024年度に成約実績がある全機関)の届出データを並列に検証する。両データはおおむね一致しつつ、機関種別ごとに明確な傾向の差を示している。
この記事の要点
- 算定方法を開示している機関のうち、レーマン方式の採用率は中企庁・JMI両データとも約88%で、業界の事実上の標準である
- 機関種別の方式選好には明確な偏りがあり、業態の経済構造を反映している
- 金融機関は移動総資産レーマンへの選好が一貫し、特に地方銀行は66.5%と突出する
- 仲介・FA・コンサル・税理士の4業態は株価レーマンが第1位で揃い、アドバイザー業態の暗黙の標準が形成されている
1. レーマン方式は業界の事実上の標準である
1-1. 採用率は両データで約88%
中小企業庁が2024年8月に公表した『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』によれば、登録機関を対象としたアンケートで成功報酬の算定方法を回答した387者のうち、84.1%がレーマン方式を採用している[1]。
JMIがリーグテーブル掲載829機関について4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)の届出データを集計した結果でも、算定方法が記載された3,090コンテクストのうち、88.8%でレーマン方式が選択されている[2]。両データの採用率は同水準にある。
1-2. レーマンの中の選択がもう一段の論点
両データはレーマン方式が中小M&A市場の事実上の標準であることを示している。残る11〜16%は「定額」「その他(時間チャージ等)」が占めるが、絶対数は小さい。注意すべきは、この88%のレーマン採用機関の中で、どの基準額が選ばれているかである。
前編で示したとおり、レーマン方式は4基準のいずれを採用するかで、同じ譲渡価額でも基準額が最大2倍以上に変わる。基準額が変われば成功報酬も大きく変わる。「レーマン方式を採用していますか」という確認だけでは、実際の手数料水準は見えない。
ここからは、機関種別ごとにどの基準額が選ばれているのかを、中企庁アンケートとJMIデータの両方で検証する。
2. 中企庁アンケート387者は機関種別の偏りを示す
2-1. 全体傾向
中企庁アンケート(387者・回答率64%)では、レーマン採用機関全体での報酬基準額は、株価38.2%・移動総資産26.6%・オーナー受取額17.8%・その他9.6%・企業価値7.8%である[1]。
全体集計だけ見ると「株価が4割弱で第1位、移動総資産が2割強で第2位」という分布に見える。実際、業界の標準像はおおむねこのように語られてきた。しかし機関種別ごとに分解すると、業態によって選好が大きく異なる。
2-2. 機関種別の主要傾向
中企庁アンケートを機関種別に分解すると、次の3類型が浮かぶ[1]。
第1に、仲介(n=82)とFA(n=42)は株価レーマンが優位で、それぞれ47.4%、54.1%が株価を採用している。「アドバイザーは株価」という暗黙の標準が、サンプル数の限られたアンケートでも確認できる。
第2に、金融機関(n=63)は移動総資産レーマンが過半数(51.7%)を占め、業態として明確に異なる傾向を示している。融資業務との連続性、基準額に有利子負債を加算する経済合理性が背景にあると解釈できる。
第3に、士業系専門家は機関種別ごとにさらに分散している。税理士は株価が主流、公認会計士はオーナー受取額の比率が高め、中小企業診断士は株価が最多——というように、業態別に異なる選好を示している。
2-3. アンケートの限界
中企庁アンケートにはサンプル設計上の限界がある。回答率64%は政府アンケートとしては高いが、回答機関は自己申告であり、実際にすべての契約で当該方式を貫いているとは限らない[3]。また、サンプル数も機関種別によって偏りがある(金融機関63者・公認会計士9者・中小企業診断士5者など)。
そこで本稿では、JMIリーグテーブル掲載829機関の届出データを並列に検証することで、アンケートの傾向が「成約実績がある全機関」のレベルで再現できるかを確認する。
3. JMIリーグテーブル829機関の完全クロス集計
3-1. 集計方法
JMIリーグテーブルの掲載対象は、中小企業庁登録機関3,396のうち2024年度に成約実績がある829機関である。各機関には最大4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)があり、それぞれに算定方法と報酬基準額が届出されている。本集計では、レーマン方式が採用された2,743コンテクストを機関種別ごとに分解した[2]。
このコンテクスト単位の集計は、市場で実際に提供されている方式の構成比に近い指標となる。一機関が複数の業務領域(譲渡側のみ/両側/仲介とFAの両方等)を提供している実態を反映できるためである。
3-2. 機関種別×方式別の分布
主要9機関種別の集計結果は次のとおりである[2]。
| 機関種別 | n機関 | 株価 | オーナー受取額 | 企業価値 | 移動総資産 | その他 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| M&A専門業者 – 仲介 | 284 | 46.2% | 19.2% | 6.4% | 24.6% | 3.5% |
| コンサルティング会社 | 115 | 47.2% | 14.3% | 14.5% | 20.8% | 3.3% |
| M&A専門業者 – FA | 114 | 36.9% | 24.2% | 13.2% | 19.3% | 6.4% |
| 金融機関 – 地方銀行 | 60 | 7.5% | 4.6% | 10.0% | 66.5% | 11.3% |
| 士業等専門家 – 税理士 | 59 | 48.3% | 24.6% | 1.0% | 22.2% | 3.9% |
| 金融機関 – 信金・信組 | 26 | 31.4% | 27.5% | 3.9% | 32.4% | 4.9% |
| 士業等専門家 – 公認会計士 | 23 | 31.1% | 21.6% | 2.7% | 44.6% | 0.0% |
| 士業等専門家 – 中小企業診断士 | 23 | 35.2% | 31.9% | 15.4% | 13.2% | 4.4% |
| 金融機関 – 都市銀行 | 4 | 0.0% | 0.0% | 50.0% | 0.0% | 50.0% |
3-3. 中企庁データとの対照
JMIデータと中企庁アンケートを対照すると、主要傾向は概ね一致する。仲介の株価優位(中企庁47.4%/JMI 46.2%)、FAの株価優位(中企庁54.1%/JMI 36.9%)、地方銀行の移動総資産選好(中企庁51.7%/JMI 66.5%)はいずれも同方向である。
差が大きいのはFAと地方銀行である。FAは中企庁54.1%に対しJMIでは36.9%で17pt差、地方銀行は中企庁51.7%に対しJMIでは66.5%で15pt差。これらは、自己申告アンケート(中企庁・回答率64%)と全登録機関の届出データ(JMI・カバー率100%)という方法論の違いから生じる差と解釈できる。
4. データから見える業態構造の輪郭
4-1. 金融機関の「移動総資産」選好の連続性
第1の発見は、金融機関業態が移動総資産レーマンを一貫して選好している事実である。
地方銀行60行のレーマン採用コンテクスト239のうち、66.5%(159コンテクスト)が移動総資産を採用している[2]。次点の「その他レーマン」11.3%を遥かに上回る突出した集中である。
信金・信組26機関ではこの傾向はやや弱まり、移動総資産32.4%・株価31.4%・オーナー受取額27.5%でほぼ三分される。地方銀行ほどの一極集中ではないが、依然として移動総資産が第1位である。
都市銀行4行(みずほ、三井住友、三菱UFJ、りそな)はサンプル数が少ないが、独自設計が大半を占める。みずほ・三井住友・三菱UFJの3行は「その他レーマン」(公表4基準に当てはまらないカスタム逓減等)を採用し、りそなのみ企業価値レーマンを4コンテクストすべてで採用している[4]。
地方銀行・信金・都市銀行という金融機関の3層は、規模が大きくなるほど標準ツールから離れて独自設計に向かう連続的なスペクトラムを形成している。共通するのは、移動総資産(基準額に有利子負債を加算)または企業価値(事業価値ベース)といった、基準額を大きく取る方向の方式選好である。融資業務との連続性、対象企業の財務構造を熟知する立場としての合理性が、業態的に表れているとみてよい。
4-2. アドバイザー類の同型性
第2の発見は、アドバイザー業態が株価レーマン優位で揃っている事実である。
仲介(株価46.2%)、FA(株価36.9%)、コンサルティング会社(株価47.2%)、税理士(株価48.3%)のいずれも、第1位は株価レーマンである。
第2位以下に若干の差はあるが(仲介は移動総資産24.6%、FAはオーナー24.2%、税理士はオーナー24.6%、コンサルは移動総資産20.8%)、いずれも株価レーマンを軸に、補完的な基準額として移動総資産またはオーナー受取額を組み合わせる構造となっている。
サービスの提供形態(仲介/FA)も、専門背景(士業/コンサル)も異なる4業態が、第1位の方式で揃っている事実は、アドバイザー業態に「株価レーマンが基本標準」という暗黙の合意が形成されていることを示唆する。譲渡側経営者の利益(株式譲渡対価)を主たるサービス対象とする業態として、株価ベースの基準額が業態的に適合する結果といえる。
4-3. 「その他レーマン」(独自カスタム)の散在
第3の発見は、業界全体の3.5%に留まる「その他レーマン」(公表4基準に当てはまらない独自設計)が、機関種別ごとに散在している事実である。
弁護士16.7%、地方銀行11.3%、FA 6.4%、信金・信組4.9%——いずれも全体平均(3.5%)を上回る比率で「その他レーマン」が選択されている[2]。都市銀行に至っては、機関単位で4行中3行が独自設計である。
「同じレーマン方式」という業界用語の中には、4基準では捉えきれない独自の逓減設計が一定割合で存在している。経営者が見積を比較するときには、「レーマン方式の何基準か」だけでなく「料率と基準額の組み合わせの実体」を確認しなくてはならない理由がここにある。
5. 業態特性と実務上の確認事項
5-1. 業態の経済構造が方式選好を規定する
機関種別の方式選好が業態の経済構造を反映している、という構図がここまでの観察から見えてくる。
金融機関は融資業務の延長としてM&A業務を行うため、有利子負債を含めた基準額を採用する合理性がある。アドバイザー業態(仲介・FA・コンサル・税理士)は譲渡側経営者の利益を主たるサービス対象とするため、株価ベースの基準額が業態として適合する。中小企業診断士は経営コンサルティング背景から、企業価値やオーナー受取額にやや傾く分布となっている。
これらは「どの方式が正しいか」という議論ではない。業態として歴史的に形成された慣習が、データに表れているにすぎない。
5-2. 経営者が確認すべき項目
機関種別ごとに方式選好が異なるという事実は、譲渡側経営者にとって実務上の意味を持つ。
複数機関から見積を取る際、機関種別が異なれば標準的に提案される方式も異なる可能性が高い。「同じ譲渡価額の見込み」であっても、金融機関の見積では移動総資産ベースで、仲介・FAの見積では株価ベースで計算されている可能性がある。基準額の定義が異なれば、表面上の料率(5%・4%・3%等)が同じでも、最終的な手数料総額は大きく異なる。
経営者が見積比較で確認すべきは、最低でも次の3点である[5]。
見積比較で確認すべき3点
- 算定方法:レーマン方式か、定額か、その他か
- 基準額の定義:レーマン方式であれば、株価・オーナー受取額・企業価値・移動総資産・その他のいずれか。その他であればどのような算式か
- 料率テーブルの逓減構造:5%/4%/3%/2%/1%か、独自設計か
3点の組み合わせで初めて、見積間の正確な比較が成立する。「レーマン方式です」という回答だけでは、手数料水準の見当はつかない。
5-3. 結びにかえて
中小M&A市場における手数料計算の実態は、「レーマン方式が業界標準」というラベルだけでは捉えきれない複層構造を持っている。前編・後編を通じて示してきたとおり、4基準の選択と機関種別の偏りが組み合わさることで、最終的な手数料水準は同じ譲渡価額でも大きく異なる。
経営者がこの構造を知っていれば、見積比較は「料率の数字」ではなく「基準額の定義」から始まる。アドバイザーがこの構造を整理して提示できれば、依頼者の納得は深まる。中小M&A市場が「質の市場」として成熟するために、報酬体系の透明化はこれからの論点である。
脚注
[1] 中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』(2024年8月)p.16「報酬の内訳」、p.23「レーマン方式の採用状況」。アンケート対象は登録支援機関、回答機関数387者、回答率64.0%。
[2] JMIリーグテーブル2024年度集計。データソースは『リーグテーブル_2024年度_v6_詳細統合.xlsx』「M&A支援機関データベース」シート(中小企業庁登録機関3,396、2024年度成約実績あり829機関)。集計方法は、各機関の最大4コンテクスト(FA譲渡側・FA譲受側・仲介譲渡側・仲介譲受側)について、算定方法欄と報酬基準額欄を読み取り、レーマン採用2,743コンテクストを機関種別ごとに集計した。
[3] 中小企業庁『M&A支援機関登録制度 実績報告等について』(2024年8月)p.5「調査の概要」。アンケート回答は2024年4月時点の自己申告であり、回答機関の実際の契約全件における方式採用を保証するものではない。
[4] 都市銀行4行(株式会社みずほ銀行・株式会社三井住友銀行・株式会社三菱UFJ銀行・株式会社りそな銀行)の届出データから集計。届出時点は2024年度。
[5] 中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)参考資料』(2024年改訂)pp.83-85「契約書チェックリスト」、および同『中小M&A市場の改革に向けた方向性について』(2024年)p.26「算定方式別手数料率分析」を参照。