M&Aの手数料に、初めて公的な実データの光が当たった。2026年3月17日、中小企業庁は中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)で、登録制度に報告された実績データに基づく手数料の初期的分析を公表した1。あわせて4月には、株式価値と手数料の公式簡易計算ツールが登録制度ホームページに公開されている2。
JMIは本クラスタで、レーマン方式の4基準が手数料を2倍動かす構造、機関種別ごとの方式採用の偏り、実効料率がレーマン料率を上回る構造を整理してきた。今回の資料が持つ意味は、二つある。この構造を当局自身のデータが確認したこと。そして当局が、手数料を政策の対象として公式に問題化したことである。
この記事の要点
- 「方式で手数料が動く」構造が実データで確認された——移動総資産レーマン採用機関の案件は、同規模でも高い傾向
- 新しい発見は業態間の均質性——仲介の手数料率はおおむね26〜32%の帯に収まり、業態は方式を決めるが、率を決めない
- 事務局は「どの算定方式が合理的か整理する必要」とまで踏み込んだ——手数料は解説の対象から政策の対象へ移った
- 公式ツールが答えないこと——最低手数料・着手金・あなたの契約の実効料率は、依然として重要事項説明で確認する領域
1. 確認された構造——理論から実証へ
1.1 規模の逆進性は、純資産軸でも成立していた
分析の第一は、譲渡側の純資産(時価)規模別に見た手数料率——報酬金額を譲渡価額で除した値——の中央値である。5百万円超〜1千万円以下の案件で30.0%。以下、18.8%、13.6%、7.6%と階段状に下がり、5億円超で4.3%となる1。
資料は主因を明記する。案件規模が小さくなると最低手数料が適用されるため、手数料率は高くなる傾向にある1。前稿Ⅰ-3が譲渡額軸で示した構造——最低手数料という床が小規模案件の実効料率を跳ね上げる——が、純資産軸でも公的データで再確認された形である。なお、規模の小さい案件をエリア別に見ると大きな差はないが、東京大都市圏はそれ以外よりやや低い1。
1.2 「方式で動く」も、実データで確認された
分析の第三は、算定方式別の比較である。移動総資産レーマン方式を採用する支援機関の案件は、譲渡価格が同程度でも、他方式を採用する機関の案件より手数料が高い傾向にある1。
Ⅰ-1は、報酬基準額の選択次第で同一案件の手数料が2倍近く動くことを計算ロジックで示した。Ⅰ-2は、その基準選択に機関種別ごとの明確な偏りがあることを、届出データで示した。今回の分析は、この理論の帰結が成約実績の中に実際に現れていることの、当局による確認である。
ただし限定がある。この集計は各機関が登録制度へ届け出た算定方式別であり、個々の案件で実際に使われた方式別ではない1。それでも、理論・届出・実績の三層が同じ方向を指した意味は小さくない。
2. 新しい発見——業態は方式を決めるが、率を決めない
2.1 26〜32%の均質性
今回の分析で最も新しいのは、第二の発見である。仲介業務から得る手数料率(譲渡側・譲受側の合算)を支援機関の業態別に比較すると、大きな差分は見受けられず、おおむね26〜32%の帯に収まる1。M&A専門業者も、金融機関も、コンサルティング会社も——業態の看板は、仲介の手数料率をほとんど説明しない。
2.2 Ⅰ-2の構図と、どう両立するのか
この発見は、一見、本クラスタの既刊と緊張関係にある。Ⅰ-2は、業態が方式選好を規定し、方式が手数料水準に直結する構図を示した。業態で率が変わらないなら、あの構図は何だったのか。
両立の読み筋は三つある。第一に、粒度。今回の業態区分は4分類と粗く、方式による差は業態内の分散に埋もれうる。第二に、床。最低手数料が効く帯では、方式の理論差より床が実効値を規定する。第三に、調整。実現料率は減額協議等を経た成約値であり、理論差は実現の過程で圧縮されうる。
どの読みが正しいかを確定するデータは、まだ公開されていない。確かなのは、事務局自身がこの謎を放置しなかったことである——支援機関の種別ではなく、提供する業務内容に対する手数料の水準について議論する必要があるのではないか1。看板ではなく中身に値札を対応させよ、という問題提起である。
3. 手数料は、政策の対象になった
3.1 事務局の二つの踏み込み
今回の資料が本クラスタの既刊と決定的に異なるのは、分析の主体である。JMIを含む民間の整理ではなく、規制の設計者自身が、実データで構造を確認し、二つの問いを公式に立てた。
一つは前述の、業務内容に対する水準の議論。もう一つは踏み込んでいる——同規模の案件で手数料率に差が生じている現状を踏まえ、各算定方式が採用される背景や理由を明らかにし、どの算定方式が合理的かを案件の性質も勘案しつつ整理する必要があるのではないか1。
手数料は、解説の対象から政策の対象へ移った。委員の意見は市場に委ねるべきとする立場から相場観の明確化を求める立場まで割れており3、次回以降の検討会の主戦場はここになる。
3.2 公式ツールの守備範囲——答えること、答えないこと
政策側の第一手が、4月に公開された二つの簡易計算ツールである2。株式価値ツールは登録制度の取引実績データを基に、業種と財務情報の入力で株式価値の参考値を四分位レンジで表示する。手数料ツールは、各レーマン方式による成功報酬の目安を算出する。
設計は禁欲的である。株式価値ツールの対象は黒字企業の株式譲渡に限られ、手数料ツールが算出するのは各レーマン方式の成功報酬のみで、着手金・中間金や定額方式は含まれない1。
つまりツールは「構造の理解」に答え、「あなたの契約」には答えない。実効料率を決める床——最低手数料——はツールの外にあり、報酬基準額の別、着手金・中間金の内外、仲介の場合の相手方の手数料と併せて、契約締結前の重要事項説明で確認すべき変数として残る4。ツールで構造を掴み、重説で自分の契約の数字を確かめる——今回整った公的インフラの、正しい使い方はこの順序である。
30.0%と4.3%の間にあるのは業者の善悪ではなく、規模・方式・床の三変数である。その三変数を、当局が自らのデータで確認し、政策の遡上に載せた——2026年3月は、その転換点として記録されることになる。
RESOURCES
M&A支援機関リーグテーブル2024年度版——各機関の手数料体系(算定方式・最低手数料・着手金等)を機関別に掲載。
中小M&A実務大全 第4回(前編)——仲介とFAの違い・手数料構造の基礎を解説。
脚注
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中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)資料2、2026年3月17日。手数料率は支援機関が各案件から得た報酬金額を当該案件の譲渡価額で除した値(中央値)。出所は「M&A支援機関登録制度 登録機関を通じた中小M&Aの集計結果」。 ↩↩↩↩↩↩↩↩↩↩
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M&A支援機関登録制度ホームページ「株式価値の簡易計算ツール」「仲介・FA手数料の簡易計算ツール」(2026年4月20日公開)。 ↩↩
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中小企業庁「第4回中小M&A市場の改革に向けた検討会」議事要旨および議事録(2026年3月17日開催)。 ↩
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中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」2024年8月、第2章Ⅱ(仲介契約・FA契約締結前の重要事項説明)。 ↩