「やはり子どもに継がせたい」「長年支えてくれた番頭に任せられないか」「いっそM&Aで手放すべきか」——事業承継を意識し始めたオーナー経営者の頭の中には、複数の選択肢が同時に浮かんでは消える。どれが正解かは会社ごとに異なり、経営者自身の想い、家族の事情、従業員の能力、市場環境が複雑に絡み合う。
本連載第1回で解説した5ステップのうち、ステップ4で承継類型は「親族内・従業員承継」と「社外への引継ぎ(M&A)」に分岐する。本稿ではこの分岐点に立つオーナー経営者のために、3類型それぞれの特徴と課題を整理し、自社に適した類型を絞り込むための判断フレームワークを提示する[1]。
この記事の要点
- 事業承継は親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)の3類型に整理される
- 親族内承継は減少傾向にあり、従業員承継と第三者承継は増加傾向
- 各類型の最大の課題は異なる:親族内は「後継者の意思と能力」、従業員は「株式取得資金」、第三者は「マッチングと条件交渉」
- 類型選択は単一への固定ではなく、複数の選択肢を並行検討しながら絞り込む作業
1. 事業承継3類型の俯瞰
3類型の定義と近年の動向
中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)』は、事業承継を次の3類型に整理している[1]。
親族内承継は、現経営者の子をはじめとした親族に承継させる方法である。かつては中小企業の事業承継の主流であったが、近年は大幅に減少している。その背景には、子ども側の職業選択の自由を尊重する風潮、事業の将来性に対する不安、リスクの少ない安定した生活の追求といった価値観の変化がある[1]。
従業員承継は、親族以外の役員・従業員に承継させる方法である。親族内承継の減少を補うように近年は増加傾向にある。
従業員承継における最大の課題であった株式取得資金の調達については、種類株式や持株会社、従業員持株会を活用するスキームの浸透や、事業承継税制の対象に親族外後継者も加えられたことなどにより、実施しやすい環境が整いつつある[1]。
第三者承継(M&A)は、株式譲渡や事業譲渡等により社外の第三者に引き継がせる方法である。後継者不在に悩む中小企業の増加、M&A支援機関の拡充、事業承継・引継ぎ支援センターの全国設置による認知の高まりなどを背景に、企業規模の大小や法人・個人事業主の別を問わず増加傾向にある[1]。
類型選択の本質——「感情論」から「課題への備え」へ
類型選択を語るとき、しばしば「親族内承継は心情的に望ましい」「M&Aはドライな選択」といった感情論に陥りがちである。しかし中小企業庁のガイドラインが強調するのは、どの類型を選ぶにせよ、それぞれ固有の課題が存在し、その課題への備えこそが成否を決めるという視点である。
以下、3類型それぞれの最大の課題を軸に解説する。
2. 親族内承継——最大の課題は「後継者の意思と能力」
課題の本質
多くのオーナー経営者は「相続税対策」を親族内承継の最大の論点と捉えがちであるが、ガイドラインは明確に異なる見方を示している。後継者は「引き継ぐに値する企業であるか」を問うており、現経営者はそれに応える必要があるという認識である[1]。
実際、中小企業庁の2019年調査によれば、後継者候補が事業を継ぐことに前向きでない理由の第1位は「自身の能力の不足」(57.6%)であり、「事業の将来性」が続く[1]。相続税や自社株評価の問題よりも、後継者自身の意思と能力こそが親族内承継の成否を決める。
後継者教育に要する期間
後継者を経営者に育てるには時間がかかる。中小企業基盤整備機構の調査によれば、後継者の育成に必要な期間として「5〜10年」と回答した経営者が29.4%、「約5年」が24.8%を占め、合計で過半を超える[2]。つまり、多くのケースで5年以上の育成期間が必要となる。
後継者教育の方法は社内教育と社外教育に分かれる。社内教育では営業・製造・財務等の各分野のローテーションにより経営全体への理解を深め、社外教育としては他社での勤務経験、後継者塾、中小企業大学校等での体系的な学びが有効である[1]。
資産承継に関する論点
親族内承継には、株式・事業用資産の分散防止、遺留分対策、事業承継税制の活用といった資産承継に関する論点も付随する。ただしこれらは、後継者の意思と能力という本丸の課題を解決した先にある応用論点と位置づけるべきである[1]。順序を取り違えて資産対策から着手すると、肝心の後継者問題が置き去りになる。
3. 従業員承継——最大の課題は「株式取得資金」
課題の本質
従業員承継は、経営者としての能力を見極めた上で承継できる点、社内事情に精通した者に引き継げる点でメリットが大きい。一方、最大の課題は株式取得資金の調達である。親族内承継が相続や贈与によって無償で株式を承継できるのに対し、従業員承継では買取資金を調達する必要がある[1]。
加えて、従業員は経営者と比べて会社経営に対する覚悟や責任感が異なることが多いとされており[2]、後継者本人が「自身の責任で会社を経営する」という覚悟を持てるかどうかも重要な論点となる。
資金調達スキーム:MBO・EBO
従業員承継における資金調達の代表的な手法がMBO(Management Buy-Out、役員による株式取得)とEBO(Employee Buy-Out、従業員による株式取得)である[1]。
資金調達の具体的手法としては、金融機関からの借入れ、後継者の役員報酬の引上げ、経営承継円滑化法に基づく金融支援の活用が一般的であり、近年は一定規模の企業でファンドやベンチャーキャピタルの投資を活用するスキームも増えている[1]。
親族株主との調整
従業員承継で見落とされがちな論点が、現経営者の親族(特に株主である親族)との調整である。ガイドラインは、現経営者のリーダーシップのもとで早期に親族間の調整を行い、関係者全員の同意と協力を取り付け、事後に紛争が生じないよう道筋を付けておくことが大切であると強調している[1]。親族株主の了解を得られないまま従業員承継を進めた結果、承継後に株主総会で紛糾するケースは少なくない。
4. 第三者承継(M&A)——最大の課題は「マッチングと条件交渉」
課題の本質
第三者承継の最大のメリットは、親族や社内に後継者がいない場合でも承継が可能である点、そして経営者が会社売却の対価を得られる点である[1]。一方、最大の課題は適切な譲受側を見つけること、そして納得できる条件で交渉を成立させることである。
ガイドラインは、M&Aによって最適なマッチング候補を見つけるまでの期間は、対象企業の特性や時々の経済環境等に大きく左右され、個別の事案によって幅があると述べている[1]。相手が見つかった後も、数度のトップ面談等の交渉を経て、最終的に合意がなされなければM&Aは成立しない。このため、十分な時間的余裕をもって臨むことが大切である[1]。
代表的な手法:株式譲渡と事業譲渡
中小M&Aで用いられる代表的な手法は株式譲渡と事業譲渡である[3]。株式譲渡は、譲渡側の株主が保有株式を譲受側に譲渡する手法で、手続が比較的簡便である一方、簿外債務や偶発債務もそのまま引き継がれる。事業譲渡は、譲渡側が有する事業の全部または一部を譲受側に譲渡する手法で、譲渡対象を特定できるため偶発債務を分離できる反面、手続は株式譲渡より複雑になる[3]。
どちらが優れているかではなく、自社の状況と譲受側候補の意向を踏まえて適切なスキームを選択する必要がある。この判断には税務・法務の専門知識が不可欠であり、M&A専門家と士業専門家の連携が欠かせない。
企業価値の磨き上げ
第三者承継を成功させるためには、本業の強化やガバナンス・内部統制体制の構築により、企業価値を十分に高めておく必要がある[1]。ガイドラインは、現経営者にはできるだけ早期に支援機関に相談を行い、企業価値の向上(磨き上げ)に着手することを推奨している[1]。マッチングや条件交渉の前提として、「売れる会社」にしておく準備期間が必要となる。
M&A専門家の選び方については、本連載第4回前編・後編で詳述している。
5. 判断フレームワーク——3つの問いで類型を絞り込む
フレームワークの狙い
3類型それぞれの特徴と課題を理解した上で、自社に適した類型を絞り込むための実務的なフレームワークを提示する。これは中小企業庁ガイドラインの類型区分をもとに、JMIが実務の観点から整理したものである。
問1:親族内に承継可能な後継者候補がいるか
最初の問いは、親族内に承継を検討できる候補者が存在するかである。ここで重要なのは「存在するか」であって「決まっているか」ではない。候補者が1人でもいれば、次の問いに進む。いなければ、後継者不在として従業員承継または第三者承継の検討に移る。
問2:候補者は承継の意思を明確に持っているか
候補者がいる場合、次の問いは本人の意思確認である。親族内承継で最も多い失敗パターンは、経営者が「いずれ息子が継ぐだろう」と思い込み、本人と正面から話し合わないまま時間が過ぎるケースである。ガイドラインが繰り返し強調するのは、後継者候補との早期の対話と、事業に対する認識の共有である[1]。
候補者が明確に承継の意思を持っている場合は、親族内承継のルートで長期の準備期間を確保し、後継者教育を計画的に進める。意思が不明確または否定的な場合は、無理に説得するのではなく、従業員承継または第三者承継を並行検討することが実務的である。
問3:社内に経営能力を持つ役員・従業員がいるか
親族内に候補がいない、または親族内候補の意思が不明確な場合、次に検討すべきは従業員承継である。問3で確認すべきは、単に「社内に人がいるか」ではなく、経営者としての資質と意欲を兼ね備えた役員・従業員がいるか、そして本人が承継を受け入れる意思があるかである。
該当者がいる場合は、従業員承継を本線として、株式取得資金の調達スキーム(MBO・EBO、経営承継円滑化法の金融支援、ファンド活用等)を検討する。該当者がいない場合は、第三者承継(M&A)が現実的な選択肢となる。
重要な補足:並行検討の視点を持つ
この判断フローは「最初の絞り込み」のためのものであり、単一類型への固定を意味しない。親族内に候補者がいる場合でも、本人の意思次第では第三者承継を並行検討することが実務的である。
また、いずれの類型であっても、本連載第1回で解説したステップ1〜3(認識・見える化・磨き上げ)は共通の準備作業として必要である。類型選択を急ぐ前に、まず自社の経営状況を見える化することが実務的な出発点となる。
類型選択の前に確認すべき5つのポイント
実際の類型選択に入る前に、オーナー経営者は以下の5点を整理しておくべきである。これらが曖昧なままでは、類型の比較検討そのものが空回りする。
- 自社の経営状況と企業価値を客観的に把握しているか:ローカルベンチマーク等のツールで自社の強み・弱みを可視化する
- 親族内の候補者と本音で話し合ったか:思い込みではなく、候補者本人の意思と将来像を直接確認する
- 社内の役員・従業員のうち、経営者候補となり得る人材を特定しているか:具体的な氏名と、その人の強み・課題を整理する
- 承継までの時間軸(経営者自身の引退時期)を明確に設定しているか:5年後か、10年後か、15年後かで採るべき選択は大きく変わる
- 事業承継・引継ぎ支援センターや顧問税理士・金融機関に相談を始めているか:一人で抱え込まず、早期に専門家と対話を始める
結び
事業承継の類型選択は、単なる手法の選択ではない。それは、自社の将来を誰の手に委ねるかという、経営者にとって最も重い決断である。中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)』が示す3類型の枠組みは、この決断を構造化するための共通言語として機能する。
重要なのは、類型間の優劣を競う議論に陥らないことである。親族内承継が「理想」で第三者承継が「次善」という発想は実態にそぐわない。各類型には固有の課題があり、その課題に正面から向き合う準備こそが承継の成否を決める。
本連載第3回では、第三者承継の舞台である中小M&A市場の構造と近年の制度改革について、中小企業庁の最新資料に基づいて整理する。
連載「中小M&A実務大全」のロードマップ
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参考文献
[1] 中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)』(令和4年3月改訂)第2章・第3章
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_guideline.html (参照:2026年4月9日)
[2] 中小企業庁『事業承継マニュアル』第3章および付属資料
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_manual.pdf (参照:2026年4月9日)
[3] 中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)参考資料』(参考資料1「中小M&Aの主な手法と特徴」)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_guideline.html (参照:2026年4月9日)
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*本記事は中小企業庁が公表する公的資料に基づいて作成している。実際の事業承継類型の選択および実施にあたっては、税理士・弁護士・事業承継・引継ぎ支援センター等の専門機関にご相談のうえで行うことを推奨する。*