中小M&A資格試験は、支援の質を何で担保しようとしているのか

中小企業庁は2026年3月17日、中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)において、中小M&A資格試験の設計詳細を公表した1。CBT方式・120分・60問程度、合格基準は総得点の70〜80%程度——形式だけを見れば、標準的な知識検定の輪郭である。

しかし資格制度ワーキンググループ(資格WG)の討議結果を読み込むと、この試験は知識の量を測る装置としてではなく、支援者の規範を選別する装置として設計されていることが分かる。出題割合、科目別最低基準、そして禁忌肢。設計の細部に埋め込まれた意思を、一次資料から読み解く。

この記事の要点

  • 規律の対象が「行為」から「事業者」を経て「個人」へ移ってきた制度遷移の到達点として資格試験を位置づける
  • 倫理・行動規範は配点25%・科目別最低基準・禁忌肢の三重に守られた唯一の科目であり、設計の優先順位を体現する
  • 士業有資格者にも試験免除を設けない判断の3つの根拠
  • 資格が変えるもの(氏名公表型の規律・登録制度経由の浸透)と変えないもの(独占業務・任意性)の線引き

1. 規律の対象は「行為」から「人」へ

1.1 業法なき市場の規律装置

中小M&Aの仲介・FA業務には、宅地建物取引業法のような業法が存在しない。参入に免許は不要であり、行為を直接拘束する法律もない。この前提の下で、規律の装置は段階的に積み上げられてきた。

起点は2020年の中小M&Aガイドライン初版である。支援者が守るべき行為基準を文書として定めた。2021年にはM&A支援機関登録制度が始まり、ガイドライン遵守の宣言を要件として、市場に参加する事業者を登録・公表する仕組みが加わった。2024年のガイドライン第3版は、経営者保証をめぐるトラブルを受けて行為基準をさらに具体化している2

この系譜を規律の対象で見ると、明確な遷移がある。最初に律したのは行為(何をしてはならないか)、次が事業者(どの組織が市場にいるか)。そして資格試験と合格者登録制度——2025年8月の中小M&A市場改革プラン(中間とりまとめ)で方向性が示され、2026年3月に設計が具体化した——は、規律の対象を担当者個人(誰がこの業務を担うか)まで降ろす試みである。

中小M&A市場における規律対象の遷移(行為・事業者・個人)
図1 規律対象の遷移——行為基準から個人資格まで(中小企業庁公表資料を基にJMI作成)

1.2 なぜ個人に到達したのか

事業者単位の規律には構造的な限界がある。登録制度は機関を登録・取消しの対象とするが、実際に依頼者と向き合い、判断を下すのは個々の担当者である。機関がガイドライン遵守を宣言していても、担当者個人の知識と規範意識が伴わなければ、支援の質は担保されない。

検討会資料は、資格試験の運営主体を中小企業庁とし、合格者登録制度を一体運用する構想を示した1。倫理規程の遵守と定期講習の受講(1〜2年ごとを想定)を登録の継続要件とし、登録者はデータベースで氏名公表、倫理規程違反が認められる場合には氏名公表・取消し等を想定する1。業法を作らずに、個人のレピュテーションを規律の担保とする設計である。

2. 配点が語る設計の意思

2.1 出題割合の傾斜

資格WGが整理した試験科目は、M&A実務(中小M&A市場動向・中小企業政策を含む)、財務・税務、法務、倫理・行動規範の4科目である。出題割合には明確な傾斜が付けられた。M&A実務が35〜40%程度、倫理・行動規範が25%程度、財務・税務が20〜23%程度、法務が17〜18%程度となっている1

WGはこの傾斜の理由を、M&A実務と倫理・行動規範の重要度を考慮した結果と説明する1。実務知識が最大配点であることは検定として自然であるが、注目すべきは倫理の位置である。60問構成なら15問程度が倫理に割かれ、法務(10〜11問)を上回る。会社法や契約実務よりも、規範の理解に多くの設問を充てる配分となっている。

中小M&A資格試験の4科目出題割合
図2 試験科目別の出題割合と想定問数(検討会第4回資料を基にJMI作成)

2.2 倫理だけが三重に守られる

配点はしかし、設計の意思の一層目にすぎない。合格基準を読むと、倫理・行動規範は三重の構えで守られた唯一の科目であることが分かる。

一層目が前述の配点25%である。二層目は科目別最低基準で、総得点が70〜80%に達していても、特定科目の得点率が50%程度を下回れば不合格とする設計が示された1。倫理を捨てて実務と財務で稼ぐ、という受験戦略を遮断する仕組みである。三層目が禁忌肢であり、これは次章で述べる。

免除規定の扱いも、この文脈で読むと一貫している。WGは弁護士・公認会計士・税理士等の国家資格保有者に対しても、少なくとも立ち上げ期は試験免除を設けないと結論した1

理由は3点示されている。国家資格を有していてもM&A関連のすべての知識に精通しているわけではないこと(必要性)、免除対象となり得る科目は全体の一部で有資格者の負担は限定的であること(許容性)、免除規定にはCBT試験の設計・審査基準の整備コストがかかること(技術性)である1

士業であっても、この試験が測ろうとするもの——とりわけ倫理・行動規範——は別物として全員に課す。配点・最低基準・免除否定は、同じ一つの意思の三つの表現として読める。

倫理・行動規範科目を守る三重の仕組み
図3 倫理・行動規範を守る三重の構え(検討会第4回資料を基にJMI作成)

3. 禁忌肢——適性で落とす装置

3.1 排除装置としての位置づけ

三層目の防護が禁忌肢である。WGは、倫理・行動規範に著しく反するような支援者を排除する目的で、選択すること自体に大きな問題がある誤答肢を禁忌肢として設定し、複数の禁忌肢設問について一定数の誤答をもって不合格とする設計を示した1。医師国家試験で採用されてきた仕組みであり、知識の不足ではなく支援者としての適性を直接の不合格事由とする点で、通常の採点とは性格が異なる。

禁忌肢の素材には、実際に支援機関と依頼者の間でトラブルに至った事例を参考とすることが明記された1。さらにWGは、作問や試験システムの技術的制約で禁忌肢の設定が難しい場合の代替策——倫理科目の最低基準引き上げや配点の加重——まで予め用意している1。装置の形式が変わっても倫理重視の趣旨は維持する、という優先順位の表明である。

3.2 サンプル問題が示す出題の方向

検討会資料に収録された倫理・行動規範のサンプル問題は、出題の方向を具体的に示している。資格を持たない支援者が「適法に行えないもの」をすべて選ばせる形式で、無効な不動産譲渡をめぐる交渉の代行、契約外の無償税務試算、弁理士からの紹介料受領、懲戒処分の可否についての見解提示——いずれも実務で起こり得る行為が、独占業務違反として並ぶ1

知識として珍しい論点ではない。しかし日常業務の延長線上にある行為の中から越えてはならない線を識別できるか、を問う設計である。禁忌肢の閾値設計と出題類型の詳細は、稿を改めて論じる。

4. 資格は何を変え、何を変えないか

4.1 変えるもの——氏名と浸透経路

この制度が市場に持ち込む変化は2つある。第一に、個人名を単位とする規律である。合格者登録制度の構想では、登録者はデータベースで倫理規程を遵守する資格保有者として氏名公表され、違反時には氏名公表・登録取消し等の処分が想定されている1。担当者個人の規律状態が、依頼者から確認可能な公開情報になる。

合格者登録・管理制度のサイクル
図4 合格者登録・管理制度の構想(検討会第4回資料を基にJMI作成)

第二に、任意資格を事実上の標準へ押し上げる経路が、あらかじめ組み込まれている点である。検討会資料は、中小M&Aガイドラインにおいて、M&A支援機関登録制度の登録機関に対し、担当者への資格取得の推奨や、重要事項説明を資格保持者が行うことを求める方向の検討を明記した1

実現すれば、約3,400者の登録機関3にとって資格は人員配置の前提条件に近づく。受験は任意でも、登録制度というインフラを経由して資格が浸透する設計である。

4.2 変えないもの——独占業務と任意性

一方で、この資格が変えないものも明確である。検討会資料は、資格試験の合格が既存の業法に基づく独占業務の実施を可能とするものではないと明記する1。弁護士法第72条や税理士法第52条が定める独占業務の境界は動かない。資格保有者であっても、法律事務や税務相談を業として行うことはできない。

仲介・FA業務そのものへの業法規制も、現時点で決まっていない。資格は参入の要件ではなく、無資格でも業務は適法に行える。ガイドライン・登録制度・資格という三つの装置を組み合わせた「業法なき規律」が、どこまで業法の機能を代替できるか——初回試験の実施とその後の運用が、この設計の検証の場となる。

なお、依頼者である経営者の側から見れば、この制度は担当者個人の規律を確認する公的な手段が初めて整備されることを意味する。機関の登録の有無に加えて、目の前の担当者が資格を保有し登録を維持しているかが、依頼先選定の確認事項に加わる。経営者がこの資格をどう位置づけるべきかは、本クラスタの別稿で扱う。

試験の出題範囲は現状案の段階にあり、確定後に本記事の記載を更新する。

RESOURCES

資格試験演習(無料)——中小企業庁公表の試験科目一覧(現状案)42中項目に基づく210問。禁忌肢を含む模試モードを収録する。

JMI 中小M&A講座——中小M&A資格試験(仮称)対応の体系テキスト・練習問題336問・模擬試験120問。

試験情報の更新通知

正式名称・日程・出題範囲等の公的な発表があった際に、メールでお知らせします。制度に動きがあった時だけの配信です。

脚注


  1. 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)資料2、2026年3月17日。 

  2. 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」2024年8月30日。 

  3. 中小企業庁 M&A支援機関登録制度の登録機関数はJMIリーグテーブル2024年度集計時点で3,396者。