中小M&A仲介・FAの成功報酬は「レーマン方式」と総称されることが多い。だがこの呼称の内部には、何を報酬基準額とするかで異なる4つの計算式が存在する。中小企業庁の公式計算ツールは、この4類型を並列で示している。同一案件でも基準額の選択によって、成功報酬が最大で約2倍動く。本稿では公式資料に基づき、レーマン方式の内部構造——4類型の定義・料率逓減・実際の試算——を整理する。
この記事の要点
- 「レーマン方式」は単一の計算式ではなく、報酬基準額の4類型(株価/オーナー受取額/企業価値/移動総資産)の総称である
- 4類型は累加的に構成要素が増える設計で、業界全体の84.1%がレーマン方式を採用するが、その内訳は4類型に分かれている
- モデルケース試算では、同一案件であっても基準額の選択により成功報酬が最大1.9倍動く
- 事業承継ガイドライン第3版参考資料の契約書様式は、報酬基準額の4類型をチェックボックスで明示する構造となっている
- 中企庁公式は「どの算定方式が合理的か整理する必要がある」と問題提起しており、特定方式を「正解」と断じる記述は存在しない
レーマン方式とは何か——中企庁公式が並列する4類型
成功報酬の計算式:基準額 × 料率
中小M&A仲介・FAの報酬体系は、着手金・中間金・月額報酬・成功報酬・最低手数料の組み合わせで構成される。このうち成功報酬は、案件成約時に支払われる報酬の本体である。
成功報酬の算定は、報酬基準額に料率を乗じる形式が業界標準となっている。中小企業庁アンケート1によれば、レーマン方式を採用している支援機関は全体の84.1%に及ぶ。本稿の射程はこの成功報酬の計算方式に限定する。着手金・中間金・月額報酬・タイムチャージは別の論点として扱う。2
最低手数料の存在にも触れておく。レーマン計算額が最低手数料を下回る場合、最低手数料が適用されるのが一般的な業界慣行である。最低手数料の業界分布と、それが実効手数料率に与える影響は次稿で扱う。
基準額の4類型
「レーマン方式」という呼称は単一の計算式を指していない。中小企業庁の公式計算ツール3および「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」1は、報酬基準額として4つの類型を並列で示している。
- 株価レーマン:株式価額
- オーナー受取額レーマン:株式価額 + 役員借入金
- 企業価値レーマン:株式価額 + ネット有利子負債(有利子負債 − 現預金等)
- 移動総資産レーマン:株式価額 + 有利子負債 + その他の負債
4類型は累加的に構成要素が増える設計となっている。最も基準額が小さいのは①株価レーマン、最も大きいのは④移動総資産レーマンである。
料率逓減の一般的な形
料率は、報酬基準額の大きさに応じて段階的に下がる「逓減構造」を採用するのが一般的である。事業承継ガイドライン第3版参考資料4が示す標準形、および中企庁公式計算ツールのデフォルト料率は以下のとおりである。
- 5億円以下:5%
- 5億円超〜10億円以下:4%
- 10億円超〜50億円以下:3%
- 50億円超〜100億円以下:2%
- 100億円超:1%
計算は積み上げ式で行われる。例えば基準額が7億円の場合、5億円までに5%(2,500万円)、5〜7億円の2億円に4%(800万円)が適用され、合計3,300万円となる。
4類型の公式採用状況
中企庁アンケート(回答者387者)における4類型の採用率は以下のとおりである。
- 株価レーマン 38.2%
- 移動総資産レーマン 26.6%
- オーナー受取額レーマン 17.8%
- その他 9.6%
- 企業価値レーマン 7.8%
「レーマン方式」と一括りに呼ばれてきたが、業界内では4類型が実質的に並存している。契約書・提案書では、この4類型のどれが採用されているかを確認する必要がある。事業承継ガイドライン第3版参考資料4の契約書チェックリスト(p.83-85)にも、報酬基準額の4類型がチェックボックスで明示されている。機関種別ごとの採用傾向は後編で扱う。
要点
- 「レーマン方式」は単一の計算式ではなく、報酬基準額4類型の総称である
- 4類型は中小企業庁の公式計算ツールで並列されている
- 全体の84.1%がレーマン方式を採用するが、その内訳は4類型に分かれる
- 契約書では基準額の類型をチェックボックスで明示する制度となっている
基準額の違いが生む手数料差——同一案件での4方式試算
モデルケース:中規模製造業の株式譲渡
4類型の違いが実際の手数料にどう表れるかを、モデルケースで確認する。
譲渡価額2億円の中規模製造業を想定する。役員借入金3,000万円、有利子負債1億円、現預金等5,000万円、その他負債8,000万円という財務構成を設定する。年商3〜10億、営業利益5,000万〜1億規模の中規模中小企業を想定した切りのよい仮値であり、特定案件を想定したものではない。5
4方式それぞれの基準額計算
同一案件に対して、4類型の基準額は以下のように計算される。
- ①株価レーマン:2億円
- ②オーナー受取額レーマン:2億円 + 3,000万円 = 2.3億円
- ③企業価値レーマン:2億円 +(1億円 − 5,000万円)= 2.5億円
- ④移動総資産レーマン:2億円 + 1億円 + 8,000万円 = 3.8億円
同じ案件でありながら、基準額は2億円から3.8億円まで、1.9倍の幅で動く。
手数料額の比較
4類型のいずれも5億円以下の帯に収まるため、料率5%が適用される。それぞれの成功報酬は以下のとおりとなる。
- ①株価:2億円 × 5% = 1,000万円
- ②オーナー受取額:2.3億円 × 5% = 1,150万円
- ③企業価値:2.5億円 × 5% = 1,250万円
- ④移動総資産:3.8億円 × 5% = 1,900万円
最大(④移動総資産)と最小(①株価)の差は900万円、約1.9倍である。
この差が実務で意味すること
同じ「レーマン方式」「料率5%」で契約しても、どの基準額を採用するかで手数料が1.9倍動く。この差は料率の違いではなく、基準額の選択から生まれる。
中企庁公式ツール3が4類型を並列で示す背景には、利用者側の比較を可能にする意図があると考えられる。報酬の交渉は料率のみで完結せず、基準額の類型そのものが交渉対象となる。
要点
- モデルケース(譲渡価額2億円)で、4方式の手数料は1,000万円〜1,900万円の範囲で動く
- 最大と最小の差は900万円、約1.9倍
- この差は料率の違いではなく基準額の選択から生まれる
- 「レーマン方式」「料率5%」という表記だけでは手数料は確定しない
料率逓減の構造と実際の散らばり
逓減テーブルの標準形
先に示した料率逓減テーブル(5億円以下5%→100億円超1%)は、中企庁公式計算ツール3のデフォルト料率であると同時に、事業承継ガイドライン第3版参考資料4 p.37の「成功報酬の標準記載例」としても提示されている。積み上げ式の計算構造は両資料で一致している。
「基準額が大きくなるほど料率が下がる」設計
逓減構造は、大規模案件の手数料が過大にならない調整として機能する。ただし逓減の適用は基準額に対して行われるため、基準額の選択次第で逓減の効き方自体が変わる。
前節のモデルケースでは、4類型の基準額がすべて5億円以下の帯に収まったため、4類型とも同じ5%が適用された。しかし基準額が5億円を超える案件では、構成要素の範囲が広い方式ほど高い階層の料率が適用されなくなる場面が生まれる。基準額の選択は、料率逓減の効き方にも影響を与える。
中企庁公式が示す実際の散らばり
中小M&A市場の改革に向けた方向性について6 p.26には、算定方式別の手数料率を分析した散布図が掲載されている。同資料では、同規模の案件であっても算定方式により手数料率に差が生じていることが指摘されている。特に譲渡価額3億円未満の帯では、移動総資産レーマン採用機関の手数料率が他方式採用機関より高い傾向にあると報告されている。
中企庁公式は、この現象に対して次のように問題提起している。
同規模の案件であっても、手数料率に差が生じている現状を踏まえ、各算定方式が採用される背景や理由を明らかにして、どの算定方式が合理的かについて、案件の性質も勘案しつつ、整理する必要がある。6
中企庁自身が、算定方式の合理性整理の必要性を公式に認めている。特定方式が「正解」と断じる記述は公式文書には存在しない。
要点
- 料率の標準形は5億円以下5%から100億円超1%への逓減
- 逓減は基準額に対して適用されるため、基準額の選択が逓減構造の効き方に影響する
- 中企庁公式統計は、同規模案件でも算定方式により手数料率に差があることを示している
- 中企庁自身が「どの算定方式が合理的か整理する必要がある」と問題提起している
契約書・提案書で確認すべきこと
「レーマン方式」表記の内訳を確認する
見積書・提案書に「レーマン方式」「5%から」と記載されている場合、それだけでは手数料は確定しない。確認すべき項目は以下のとおりである。
- 報酬基準額の類型(4類型のどれか)
- 料率逓減テーブルの詳細
- 最低手数料の併用有無・金額
- 着手金・中間金の有無と金額
最低手数料が適用されるかどうかは案件規模により異なる。最低手数料の業界分布と、それが実効手数料率に与える影響は次稿で詳述する。
契約書チェックリストの構造
事業承継ガイドライン第3版参考資料4 p.83-85の契約書様式には、報酬基準額の4類型がチェックボックスで明示されている。
☐株式価額 ☐オーナー受取額 ☐企業価値 ☐移動総資産 ☐その他
この制度設計自体が、4類型の明示的選択を利用者に要求している。「レーマン方式」という呼称だけで押し切る運用は、この制度的要請と整合しない。
次稿への橋渡し
前編では、中企庁公式ツールのマクロロジック——4類型の定義、同一案件での試算、料率逓減の構造——を整理した。
後編では、この4類型を「誰がどの程度採用しているか」を扱う。中企庁アンケート(387者)とJMIリーグテーブル2024年度データ(成約実績あり829社)の両方で機関種別ごとの採用分布を確認すると、業態による明確な偏りが観察される。仲介・FAは株価レーマン、地方銀行は移動総資産レーマン、都市銀行は独自方式——方式選択は機関種別によって構造化されている。
経営者向け・契約前チェック
- 「レーマン方式」「5%から」だけでは手数料は確定しない
- 報酬基準額の4類型のどれが採用されているか確認する
- 選択された方式で基準額が実際いくらになるか試算を依頼する
- 最低手数料の有無・金額を確認する
- 料率逓減テーブルの詳細を確認する
脚注
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中小企業庁「M&A支援機関登録制度 実績報告等について」令和5年度調査。レーマン方式採用率84.1%は回答機関460者のうち387者に基づく。本稿ではp.16「報酬の内訳」およびp.23「レーマン方式の採用状況」を参照している。 ↩↩
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本稿の射程は成功報酬の計算方式に限定する。定額方式・月額報酬・タイムチャージは別稿で扱う。 ↩
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中小企業庁「M&A支援機関登録制度」サイト内の手数料計算ツール。報酬基準額4類型の公式定義と、料率逓減のデフォルト値を提供している。中企庁公式ツールの料率は「一つの例」として提示されており、実際の料率は機関により異なる。 ↩↩↩
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中小企業庁「事業承継ガイドライン第3版 参考資料」2023年発行。成功報酬の標準記載例(p.37)および契約書チェックリスト(p.83-85)に、報酬基準額の4類型が明示されている。 ↩↩↩↩
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モデルケースの数字は切りのよい仮値であり、特定案件を想定したものではない。4類型の基準額の違いを具体数字で比較する目的で設計している。 ↩
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中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」2024年度。p.26「算定方式別の手数料率分析」では、算定方式別の散布図と「同規模案件でも手数料率に差」との公式指摘が示されている。 ↩↩